ビール飛び散る聖母の祭り

 「お祭りは一晩中続くよ」。ホステルの管理人は笑顔で言った。この日、ボリビアのコパカバーナでは盛大な祭りが開催されていた。町の中に設営されたステージの上で歌や踊りが披露されている。耳をつんざくような大音量の音楽が響き渡る。振動で窓ガラスが揺れる部屋の中で「今夜、この町は私たちを眠らせてくれるのだろうか」と不安になった。
 コパカバーナはティティカカ湖に突き出した半島に位置している。この町の中心は2月2日広場。この町に到着したのは奇しくも2月2日のこと。クスコからの夜行バスでティティカカ湖畔のプーノに到着したのち、バスを乗り換えて、ボリビアに入国。コパカバーナでバスを降りる。多くの乗客が首都のラパスへ向かうバスに乗り換えるのだが、私たちはコパカバーナで1泊する。2月2日広場に向かう道すがら、伝統的な衣装を着飾った踊り手の行進に出くわした。祭りの真っ最中だった。
 『ボリビアを知るための73章(第二版)』(編著・真鍋周三)によると、1583年2月2日、コパカバーナの教会の台座にカンデラリアの聖母像が据えられた。この聖母像を制作したのはインカ系の先住民だったフランシスコ・ティト・ユパンキ。先住民の手による最初の聖母像という。お祭りのパンフレットには「カンデラリアの聖母に祈りと踊りを捧げる」と書かれている。ボリビアの守護神として信仰されているカンデラリアの聖母の祝賀行事というわけだ。
 ホステルに荷物を預けた私たちはコパカバーナの船着き場へやってきた。ティティカカ湖に浮かぶ太陽の島を訪れるためだ。祭りの熱狂を離れて、ボートは穏やかな湖面を進む。『地球の歩き方』によれば、ティティカカ湖は日本の富士山よりも高い、標高3890mに位置している。太陽の島はインカの伝説の地。太陽の神がインカ帝国の初代皇帝のマンコ・カパックとその妹ママ・オクリョを太陽の島に遣わしたと伝えられている。島の入り口では2人の像が旅行者を出迎えてくれる。
 段々畑の広がる太陽の島からティティカカ湖を眺めたあとはコパカバーナの町へ戻る。船着き場に到着したとき、軽快なリズムが聞こえてくる。お祭りはさらに盛り上がりを見せ始めていた。灰色のスーツで正装した中年男性たち。山高帽に色とりどりのドレスを身にまとった中年女性たち。音楽隊のトランペットや太鼓のリズムに合わせて、輪になって踊っている。通り沿いには肉の揚げ物やジュースを売る露店が並んでいる。
 漠然と踊りを眺めていると、いきなり足下に液体が飛んできた。すんでの所で避け、飛んできた方に目をやると、そこにはビールを豪快に飲む男性。男も女もビールを片手に踊っている。よく見ると、ビールのひと口目をわざと地面にまいている。大地の神のパチャママ信仰と関係しているのだろうか。垂らす程度ならいいのだが、打ち水のようにビールをまくので危なっかしくてしょうがない。
 ホステルに戻り寝床に入ってからも祭りは続いている。しかし、旅の疲れというのは恐ろしいもので、大音響をものともせずぐっすりと眠ってしまった。翌朝、ステージや露店はすっかり片付けられていた。通りには無尽蔵の王冠が散らばっている。一晩中、飲んでは踊り、踊っては飲んでを繰り返していたのであろう。カンデラリアの聖母もさぞやお喜び、かな。
 明日はボリビアの首都、ラパスへ。そして、ウユニ塩湖へと向かう。



2月2日広場周辺で行進する踊り手
















ステージ前に集う人々
















太陽の島の段々畑

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