インカの安らぎ

 急な上り坂を登ること約1時間。ワイナピチュの山頂に立ったとき、目の前に見えたのは期待していたマチュピチュではなく、真っ白い雲霧があるだけだった。マチュピチュの遺跡はワイナピチュ山とマチュピチュ山の間の尾根に造られている。その絶景が見渡せるはずだったのに。
 1月30日、高山病を抱えながら、2泊3日のインカの聖なる谷とマチュピチュのツアーがはじまった。初日はインカの聖なる谷をガイドとともにバスで回る。まず、クスコからピサックという小さな村に到着。丘の上に造られている遺跡を見学する。しかし、倦怠感のせいでガイドの説明は頭の上を通り過ぎ、丘に登る気力もない。
 その後、クスコから約80km離れたウルバンバで昼食。高山病に効くとされるコカ茶を2杯飲む。そして、標高2750mのオリャンタイタンボへ向かう。低地にきて体が慣れはじめたのか、コカ茶のおかげか、体調を取り戻しはじめる。オリャンタイタンボの遺跡を巡る。おやつにコカのチョコレート、夕食にはこれまた高山病に効き目があるとされるムーニャ茶を飲む。「下界」並みの快活さを取り戻した。
 雨の降る中、19時過ぎにオリャンタイタンボ駅から列車に乗車。2時間ほどでマチュピチュ観光の拠点の村、アグアス・カリエンテスへ到着。明日のマチュピチュへ期待を募らせながらホテルで就寝。
 翌31日、目覚めたとき外は大雨。使い捨てポンチョをかぶり、マチュピチュに向かうシャトルバス乗り場へ。マチュピチュの発見者の名前にちなんだ、つづら折りのハイリム・ビンガム・ロードを進む。マチュピチュの入場口からワイナピチュ入山口へ急ぎ、朝7時に登り始める。
 しかし、無念にも頂上の景色は最悪。敢えなく下山する。予想外にハードな登山。マチュピチュはクスコより低地と言っても2800mある。昼食後、見張り台に登ったとき、ワイナピチュが雲の間から姿をみせはじめた。待つこと数分、山頭に雲の筋が残っているものの絶景を見ることができた。その後、疲れもふっとびマチュピチュ遺跡をひととおり巡り終える。
 アグアス・カリエンテスからクスコへ戻って来たのは2月1日のお昼過ぎ。脚にはワイナピチュ登山の筋肉痛が残っている。この日がクスコの最終日。クスコのアルパカ製品の店やチョコレート博物館に立寄ったりする。
 レゴシホ広場の近くを歩いているとき、「インカマッサージ」と声をかけられた。2日前にも声をかけてきた客引きだ。日本人の多い観光地だけに私たちのことは忘れてしまっているとふんで、「私たちのことちゃんと覚えている」と聞いてみた。すると、名前までしっかり覚えているではないか。これも何かの縁と思い、インカマッサージを初体験。30分で20ヌエボ・ソル(約800円、1ヌエボ・ソル=40円で計算)。熱した石が筋肉痛の足に心地よい。クスコは高山病の苦しみにはじまり、インカマッサージの安らぎに終わった。いまいち普通のマッサージとの違いはよく分からなかったが。
 明日はペルーを出国してティティカカ湖の聖地コパカバーナへ向かう。



オリャンタイタンボの遺跡
















ミントのような香りのムーニャ茶
















マチュピチュの遺跡

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