牛肉の国

 何の付け合わせもなく、塩で味付けされただけのアルゼンチン・ビーフがギザギザの鉄板の上にのって運ばれてきた。ここは「アサード(asado)」が食べられるアルゼンチン料理のレストラン「Chiquilin」。アサードとはアルゼンチンの焼き肉のことである。
 アルゼンチン人の食卓に牛肉は欠かせない存在。『アルゼンチンを知るための54章』(アルベルト松本)によれば、1人あたりの牛肉の消費量は世界最大で、年間なんと60キロに及ぶ。パンパと呼ばれるアルゼンチンの大草原で5000万頭を超える牛が飼育されており、市場に出回る牛肉のほとんどが国内で消費されるという。まさにアルゼンチンは牛肉の国。ブエノスアイレス2日目にして、アルゼンチンを代表する料理アサードにありつけたのは、あるアミーガ(スペイン語で「女性の友達」)のおかげだった。
 南米に旅立つことが決まった際、大学でお世話になったアルゼンチン出身の英語の先生から1人のアルゼンチン人の女性Aさんを紹介してもらった。彼女はブエノスアイレスの大学生。日系3世で、祖父母が秋田県の出身という。彼女は半年間の秋田の大学での留学を終え、年末ブエノスアイレスに帰ってきた。
 どんよりとした天候の6日の正午。午前中にレティーロ駅横のバスターミナルで翌日のバスチケットの購入を済ませた私たちはAさんをホステルのロビーで待っていた。ランチを一緒にしようと誘ったからだ。「こんにちは」という流暢な日本語とともにAさんがあらわれた。実は日本では都合がつかず直接会えなかったので、これが初対面だった。Aさんは私たちをレストラン「Chiquilin」に連れて行ってくれた。
 注文した「アサード」は「アサード・デ・ティラ(asado de tira)」と「ロモ(lomo)」の2種類。「アサード・デ・ティラ」はバラ肉のグリル、「ロモ」はヒレ肉のグリルらしい。途中からAさんの友人Vさんも合流し、4名で肉厚のあるアルゼンチン・ビーフをほおばる。さすが2人は生粋のアルゼンチン人。骨だけをきれいに残し、余すところなく牛肉を平らげた。
 昼食の後はおすすめのカフェ「El Gato Negro」(日本語に訳すと「黒猫」)へ。アルゼンチンらしいスイーツをいただく。ココナッツののった南米のケーキ「ドゥルセ・デ・レチェ」(dulce de leche)に、「メンブリーショ(membrillo)」という果物のジャムを挟んだタルトケーキ「パスタ・フローラ(pasta frola)」。飲み物はミルクたっぷりコーヒーの「カフェ・ラグリマ(caf? lagrima)」。ラグリマとは涙の意味。ミルクに涙ほどのコーヒーを垂らすところから、その名がついたという。
 お茶のあとは、Aさんと別れ、Vさんが海沿いのプエルト・マデーロ地区を案内してくれた。Vさんはプエルト・マデーロ地区のホテルで働いている。この地区はヨットの浮かぶドックや赤レンガの倉庫跡などがあり、どこか横浜の雰囲気が漂う。倉庫跡はお洒落なレストランになっている。6日はアルゼンチンの牛肉からスイーツまでお腹いっぱいの1日を満喫した。明日はブエノスアイレスの街を観光だ。







手前の骨付き肉が「アサード・デ・ティラ」。奥が「ロモ」














手前のケーキが「ドゥルセ・デ・レチェ」。奥が「パスタ・フローラ」












プエルト・マデーロ地区の第3ドック。船は「サルミエント大統領号博物館」

backnumber
●No.1 リトアニアの3.11
●No.2 世界を知らない私と私を知ってくれている世界
●No.3 キョーゲン・イン・リトアニア
●No.4 カウナスという街
●No.5 愛しのツェペリナイ
●No.6 その人の名はスギハラ
●No.7 エラスムスの日常
●No.8 検証:リトアニアの噂 前編
●No.9 検証:リトアニアの噂 後編
●No.10 プラハで出会った哲学男
●No.11 魔女の丘、そして悪魔の館へようこそ
●No.12 お後がよろしくないようで
●No.13 ブラジルへの切符を求めてやってきたボスニアのムスリムの話 前編
●No.14 ブラジルへの切符を求めてやってきたボスニアのムスリムの話 後編
●No.15 時は今?雨が滴しるカウナス動物園
●No.16 リトアニアの第二の宗教
●No.17 ベン・シャーンとチュルリョーニス
●No.18 イグナリナ原発に行ってみたら 前編
●No.19 イグナリナ原発に行ってみたら 後編
●No.20 行きあたりばったりの旅

Topへ