氷河の味わい

 「ピシッ」という氷河にひびが入る音がしたと思うと、すぐに「ドーン」という氷河の壁がはがれ落ちる轟音が響く。頻繁に音はするのだが、なかなか崩落の瞬間を目撃することができない。ここはロス・グラシアレス国立公園のペリト・モレノ氷河。青白い氷壁が視界いっぱいに横たわっている。『地球の歩き方』によれば、全長約35km、表面積は195平方キロメートル。1日に2mずつ進んでいるという。展望台に座ってサンドイッチを食べていたとき、目の前の氷壁から音が聞こえた。目を向けると、大きな氷塊が音を立てて湖に崩落。水しぶきが上がり、波紋は弧を描いて湖面を荒々しく揺らした。氷河という自然が生んだ芸術に思わず息を飲んだ。
 1月17日朝9時、ホステルのロビーでペリト・モレノ氷河のミニトレッキングツアーの迎えを待っていると、玄関口から「ショコシャマ」という声が聞こえてきた。どうやらバスが到着したようだ。アルゼンチンのスペイン語では「y」を「sh」と発音するため、名前を呼ばれるとき「ヨコヤマ」ではなく「ショコシャマ」になる。訂正するのも面倒になってきて、もっぱら「ショコシャマ」で通すことにしている。
 ちなみに、ロス・グラシアレス国立公園観光の拠点の町、エル・カラファテには15日に到着していた。氷河ツアーには16日に参加するつもりだったが、予約がいっぱい。代わりに、世界でも珍しい氷河の博物館「グラシアリウム」で事前勉強をしていた。そして、17日に満を持しての氷河ツアーというわけだ。
 展望台で氷塊の崩落を見物したあとは、いよいよ氷河の上をトレッキングだ。モレノ港から船に乗って、リコ水道を渡り、モレノ山の麓の岩壁の船着き場に取り付く。そこから、森の中を歩いて、氷河の前までやってくる。ガイド歴8年のシェフェリーノさんに8本爪のクランポン(アイゼン)を装着してもらい、いざ氷河を登り始める。
 「ザクッザクッ」と氷河を踏みしめながら、氷上を歩く。雪と違って、表面は固い。途中、青く輝くクレバスに満たされた氷河の水で喉を潤す。氷河が青いのは青い光だけを反射するからだそうだ。巨大なブルーハワイのかき氷に登っている気分。
 「アイスバーのオープンだよ」。突然、シェフェリーノさんが声を張り上げる。氷の谷間にあらわれたのはウイスキーのボトルとコップの置かれたテーブル。氷河の氷の入ったコップにウイスキーを注いでくれた。澄み切った氷河の味わいを感じるとともに、冷えきった体が少しだけ温まった。氷河を音で、目で、そして舌で堪能した充実のツアーだった。
 明日18日はフィッツ・ロイ山(3405m)のお膝元の小さな村、エル・チャルテンへと向かう。雲隠れしていることが多いことから「煙の山」と呼ばれるフィッツ・ロイ山。その雄姿を披露してくれることを願うばかりだ。



ペリト・モレノ氷河







クレバスに満たされた氷河の水







氷河の氷で飲むウイスキー

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