「甘い」話

 「Rapanui」、「Mamushka」、「Bonifacio」、「El Arrayan」、「Del Turista」などなど。これらはすべてサン・カルロス・デ・バリローチェ(以下、バリローチェ)の目抜き通りであるミトレ大通りに店舗を構えるチョコレート専門店。右を向いても、左を向いてもチョコレートの販売店が軒を連ねている。バリローチェは世のチョコレート好きを魅了してやまない美しい町だった。
 24時間以上かけて約1400kmのパタゴニアの道路を進む。バリローチェのバスターミナルに到着したのは1月19日の夜22時30分頃。長距離バス内で知り合ったイスラエル出身の女性バックパッカー2人とタクシーをシェアしてモラレス通りのユースホステルへ。その日は繁華街へ出歩くこともなく、おとなしく就寝した。
 翌日20日はユースホステルで朝食のパンやコーヒーをいただき、チョコレートを求めて町へ繰り出した。ちなみに、アルゼンチンではホステルなどの安宿であっても朝食込みの場合がほとんど。ヨーロッパとは異なるようだ。
 まず、モラレス通りを下り、セントロ・シビコと呼ばれるバリローチェの中心の広場へ向かう。欧風の石畳の広場から望む山々とナウエル・ウワピ湖の織りなす景色が美しい。バリローチェは「南米のスイス」と呼ばれる。『地球の歩き方』によれば、19世紀末に多くのスイス人が移住して来たことに由来するという。その後、広場から東に抜けるミトレ大通りを進む。チョコレートの甘い香りが漂いはじめた。
 アルゼンチン全域に展開するチョコレート・ブランドの「デル・トゥリスタ(Del Turista)」の店舗に入る。店員さんが試食用チョコレートと10パーセントの割引券を渡してくれた。店舗の中心では職人の製造作業が間近で見られる。店内ではチョコレート以外にもジャムやジェラートも販売していた。私は木の幹をかたどったようなチョコ「Rama」を購入。料金は9ペソ(約135円、1アルゼンチン・ペソ=15円で計算)。チョコ好きの友人Aはアーモンド入りチョコ、くるみ入りチョコ、苺のチョコ、チェリーのチョコ、数種類のベリーの板チョコ、オランジェットなど計158ペソ(約2370円)分のチョコレートをお買い上げ。チョコレートの甘さに酔いしれたバリローチェの町歩きだった。
 ちなみに、ナウエル・ウワピ湖のほとりにあるチョコレート販売店「Frantom」で、チョコレートが有名な理由を尋ねてみた。スペイン語だったので理解が難しかったが、「スイス」というキーワードを聞き取った。CNNのウェブサイトの記事「Argentinean town takes chocolate seriously」(1995年12月8日)によると、第2次世界大戦後にバリローチェに移住して来たヨーロッパ人がチョコレートを製造しはじめたことがきっかけという。
 余談になるが、タクシーをシェアしてくれたイスラエル人女性は2年間の兵役を終えて、南米を旅しているという。イスラエルでは女性は18歳から2年間軍隊に行かなければならないという。男性であっても徴兵制のない日本では考えられないことだ。世の中、そんなに「甘い」話ばかりではないようだ。



広場から望むナウエル・ウワピ湖















デル・トゥリスタ」の店内















製造作業の様子

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●No.1 リトアニアの3.11
●No.2 世界を知らない私と私を知ってくれている世界
●No.3 キョーゲン・イン・リトアニア
●No.4 カウナスという街
●No.5 愛しのツェペリナイ
●No.6 その人の名はスギハラ
●No.7 エラスムスの日常
●No.8 検証:リトアニアの噂 前編
●No.9 検証:リトアニアの噂 後編
●No.10 プラハで出会った哲学男
●No.11 魔女の丘、そして悪魔の館へようこそ
●No.12 お後がよろしくないようで
●No.13 ブラジルへの切符を求めてやってきたボスニアのムスリムの話 前編
●No.14 ブラジルへの切符を求めてやってきたボスニアのムスリムの話 後編
●No.15 時は今?雨が滴しるカウナス動物園
●No.16 リトアニアの第二の宗教
●No.17 ベン・シャーンとチュルリョーニス
●No.18 イグナリナ原発に行ってみたら 前編
●No.19 イグナリナ原発に行ってみたら 後編
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●No.21 牛肉の国
●No.22 ガイドは陽気なポルテーニョ
●No.23 バルデス半島の動物たち
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●No.26 「世界最南端の都市」のタラバガニ
●No.27 氷河の味わい
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