パチャママの怒り

 「もったいない」。クスコのガイド、ルイスさんはせっかく作ったピスコサワーを急にこぼしはじめた。私は心の中で思わずそう叫んでしまった。ピスコサワーとはブドウの蒸留酒「ピスコ」をレモネードやシュガーシロップなどで割った飲み物。卵白を加えることもある。ツアーの最後にピスコサワーを振る舞ってあげると、参加者を高台のバーへ招待したルイスさん。こぼしたあとの参加者の驚いた表情を見ながら嬉しそうにこう言った。「これはインカの伝統で、最初のひと口を大地の神であるパチャママに捧げるのです」。
 タクナからの夜行バスでクスコに到着したのは1月28日の午前11時20分頃。この日はクスコの町を当て所もなく散策。インカの精巧な石材技術をいまに伝える12角の石や14角の石を見物。翌日の無料の徒歩ツアーに備え、そして高地に体を順応させるため、早めに夕食をとって就寝した。
 翌29日はいよいよ無料のガイドツアー。午前中に中央市場内を物色し、正午過ぎに集合場所の広場へ向かった。ガイドのルイスさんがはじめに紹介したのはクスコの中央にあるアルマス広場。クスコはケチュア語で「へそ」という意味。なので、アルマス広場は「へその中のへそ」だ。
 広場に面して建つ「カテドラル」はクスコのシンボル。カテドラル内には興味深い「最後の晩餐」の絵画がある。なぜならキリストの食卓にはクイの丸焼きやパパイヤなど、ペルーの食材が並んでいるからだ。クイは食用モルモットのこと(正式にはテンジクネズミというらしい)。実は、昨日の夕食にクイの丸焼きを食べてみたのだが、見た目のグロテスクさに反して、味はなかないけた。
 その後、サン・クリストバル教会やフォルクローレの楽器屋「Luthier」に立ち寄り、ピスコサワーの試飲でツアーは終了。振る舞われたピスコサワーは少量だったので、インカ流は無視して1滴残らず平らげた。高山病にアルコールはよろしくないと自覚しながら。
 その夜から体の具合が悪化する。高山病の症状である腹部の膨満感や倦怠感が体をおそいはじめる。アルコールが悪かったのか。それともパチャママの怒りを買ってしまったのか。タイミングは最悪。明日から待ちに待った2泊3日の聖なるインカの谷とマチュピチュのツアーがはじまるというのに。現金にも高山病の回復をパチャママに願いながら、クスコのホステルで眠りに落ちた。



クスコのアルマス広場とカテドラル












クスコ名物のクイの丸焼き












ピスコサワーを作るルイスさん

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