No.47
この山には、もう来られないかもしれない
[大仏岳・1166m(仙北市西木――2013年20日)]
 あいにくの雨だが、先週の駒ヶ岳、栗駒山と2回連続で山行が中止になっている。少々の雨なら決行、というのがみんなの本音だ。雰囲気として「登りたい」というヒシヒシとした渇望感が伝わってくる。
 私自身にも少々の雨なら、という強い気持ちがあった。渇望感ではない。この時期に、さしたる意味もないこの山をチョイスしたのは実は私自身に原因があるからだ。前にも書いたがヤマケイから出ている『秋田県の山』という本には県内57座の山がガイドされている。そのうち県北のある真瀬岳を除けば、この大仏岳に登れば全山踏破を達成したことになるのだ。私にとっていわばリーチの山だ。その辺を慮ってSシェフが私用に設定してくれた山なのだ。雨だからいや、とはとても言えない。残っている真瀬岳は藪だらけでまともな登山道はない山らしい。一人ではとても登れない山なので、登る山としての認知は著しく低いから、登っても登らなくても大きな問題ではない、という人もいるほどだ。それにしても大仏岳は太平山系では3番目に高い山。昭和50年ころにようやく登山道が作られた山だ。
 ま、そんなわけで見どころのない地味な山へのチェレンジと相成ったわけだが、この山にはもう一つ重大な欠陥がある。登山道まで1時間以上、田沢スーパー林道なるすばらしい名前の付いた「悪路」を歩かねければならないのだ。車は入れない。これがつらい。登る人が少ないはずだ。
 案の定、林道の入り口で大きな石がゴロゴロしていた。盛大に車の腹がこすれまくる。車の所有者はたまったもんじゃない。大きく崩落している道路もあった。なるほど、これでは登山どころではない。
 雨の悪路をトボトボと歩くこと1時間10分、ようやく登山口にたどり着く。ここでもう疲れてしまった。山も荒れている。人の手が入っていないからだ。 緩やかなアップダウンをくりかえしているうちに牛首の分岐に到着。実はここからがこの山のだいご味だ。山頂までの残りの1時間40分、徹底的なのぼりが続くのだ。これは結構きつかった。

頂上の池塘で

荒れてはいるが自然豊か
 山頂入口にはモリアオガエルの棲むという小さな池塘があった。林道までいれると登り4時間、下山3時間の、なんとも疲れる山歩きだった。この山にはもう来ることはないだろう。林道が崩壊し、山は荒れ放題、人が入った形跡がほとんどない。登山口まで1時間半近く林道を歩かなければならない山に行くには普通でない勇気がいる。
                        *
 温泉は西木にある「クリオン」。ここには10日後も種苗交換会の仕事でお邪魔する予定だ。広々としたゆったりした温泉で好きなのだが脱衣場で風呂道具一式を忘れてきたことに気が付いた。どうしたんだろう。前の山の後の温泉で使用したまま車に入れてきたはずだ。その証拠にバスタオルはちゃんとある。いや、2週間前の馬場目岳の温泉(ザブーン)では確かにあった。ということはあの温泉で忘れてきたことに2週間以上気がつかずに過ごしたということか。風呂道具を温泉に忘れてくることはこれまでも何度かあった。すぐに電話をして送り返してもらっていた。それが今回は忘れたこと自体を忘れていた。このショックは大きい。わが近未来をいやがうえでも想像してしまう。このダメージの大きさに、すっかり山のことは忘却の彼方にすっとんでしまった。

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●No. 1 草紅葉の海で、なぜかパエリア
●No. 2 贅沢お昼と、お気に入り温泉
●No. 3 白神のブナの森を彷徨う
●No. 4 南八幡平の自然休養林を歩く
●No .5 巨木の森で、雨に追われて
●No. 6 何が悲しくて、遠い県境の雨の山へ(+クマの話)
●No. 7 「キジ撃ち」慣れ、増える体重、初めての山
●No. 8 雹に雷とスパイク長くつ、是山の山
●No .9 賞味期限切れ食品がうまい、きれいな三角山
●No.10 生きものたちと出あい、ラーメンうまい雪の山
●No.11 はじめての朝市、風格の天然杉、泥土のババ落とし
●No.12 雪と風とツェルトとストック
●No.13 「靴納め」はダブル山行、かててくわえて忘年会
●No.14 これが今年最後の山行です、信じてください!
●No.15 桜のつぼみが大きいから、春は早い……
●No.16 彷徨っても漂っても、頂上は遠い
●No.17 動物の足跡がないのは、「なまはげ」がいるからだ
●No.18 どんな山でも、なにか新しいことを学べるもんだ
●No.19 「山があるんで、お先に」って言ってしまった夜
●No.20 大滝を見にスノーハイク、帰りは古民家見学
●No.21 冬は近場にこそ遊び場がある+ついにシュールストロミング開缶!
●No.22 山頂で野点、そうか今日は「桃の節句」か
●No.23 青空、中岳、ひとりぽっち
●No.24 石仏に村人はどんな思いを託したのだろうか
●No.25 冬限定、地図に名前のない山に登る
●No.26 登山道のないやぶ山で、昆虫になる
●No.27 ダブル登山で、県北の春山に酔う
●No.28 GWは雪の回廊を抜け、強風の山頂に立つのが夢
●No.29 街から7キロ先に、千メートル級の山があるの?
●No.30 下水掃除と宮沢賢治とアイゼン登山
●No.31 青空・無風・トラブルなし。雑魚10匹より大物1匹
●No.32 みんな嫌がるけど、オレは好きだヨ、東山
●No.33 週末連続登山で、体力は大丈夫か、ジブン
●No.34 地元のプロと一緒だと、山歩きは百倍楽しい
●No.35 ブナと滝のシャワーを浴びて、少し元気になってきたゾ
●No.36 あれッ、なんだか人並みに体力がついてきたかな
●No.37 雷に追われ、山小屋泊まり、ガスっても岩手山は美しい
●No.38 県内最強のタフな山で、野立の誕生会
●No.39 中央アルプスで観光登山、それもまた楽し
●No.40 面白みはなくても、一度は登ってみたい虎毛山
●No.41 世界遺産の山で、会うのはへんなオジサンばかり
●No.42 ずっと踏破してみたかった、歴史の古道
●No.43 早池峰の、代替がきつかった、岩の山
●No.44 知っていそうで、知らなかった駒ヶ岳
●No.45 ストックを、持ち逃げされた秋の山伏
●No.46 侮ってしまった! やっぱり太平山系はきつい

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