No19
「山があるんで、お先に」って言ってしまった夜
[高尾山(雄和町・383m)―2013年2月10日(日)]
 高尾山は秋田市の隣町にある山だ。「山というよりは公園だろ」という人も多いのかも。いまだ雪が深く、長距離の車移動はリスキーなので、なるべく近くの山へ、という配慮から選ばれた場所だ。というか私自身が思いついて提案した場所だ。冬場のスノーシュ―・ハイクは場所を選ばない。人の入ってこない山野ならどこでもOK。逆に夏場に高尾山、という選択は考えられない。そんな軽い気持ちで場所を選んだのだが、こんなときに限って(油断があるので)トンデモない目にあうのが山歩きだ。
 雄和の大川集落の行き止まりにあるバス停地点に車を止め(ご近所の方の了解をもらって)、歩きはじめた。すぐに国道341号線とぶつかるのだがガードレールは雪の下、先行者もいないので踏み跡もない。広々とした「処女地」のような国道をゆっくり、のんびりと登っていく。眼下に大蛇のように曲がりくねった真黒な雄物川が見える。誰もいない雪の山中に分け入るのは、いつもながら気分がいい。
 中腹地点にある高尾山荘から後半は地図がまったく役に立たなかった。一面雪野原で道らしき道がない。目印は四阿やトイレ、スポーツ施設や神社、鉄塔だが、それらの目印も雪に隠れてしまったり、曇天で視界が効かない。
 適当にあたりをつけ道なき道をよじ登るのだが、なかなか頂上にある高尾神社奥宮が見つからない。夏場なら車で麓から10分も走ればたどり着けるところである。
 1時間半以上、ウロウロ、オロオロ、ハアハア、漂って、どうにか神社奥宮にたどりついた。お昼にはまだ時間があるので、そこから別ルートの崖斜面をトラバースして中腹の山荘のある四阿まで下がり、そこで昼食。
 このごろ昼食が楽しみだ。ガスバー名を新調したから。買ったばかりの一回り大きなガスコンロの火力はすごい。今日もカップではなくちゃんとした袋入りインスタントラーメン、贅沢でしょ。
 下山は45分ほど。しょせん児童公園でしょ、と侮っていた自分が恥ずかしい。けっこう汗をかき、筋肉も痛い。何よりも登っている最中、のどが渇いて苦しかった。

山頂の神社奥宮で

林道をガシガシと前に進む
 異常にのどが渇いたのには理由がある。前日の夜、午前様で酒を飲んだのだ。
 まったく山に対して失礼な話だが、いいわけもある。角館で作家・塩野米松さんと日本人で初めて8千m峰14座無酸素完全登頂を果たしたプロ登山家・竹内洋岳さんのトーク・ショーがあり、それを聴きに行ったのだ。塩野さんには原稿を書いていただいている関係で知り合いなのだが、会場は補助椅子も出るほどの盛況、お二人の話もめっぽう面白かった。わざわざ新幹線で行った価値があったのだが講演後、主宰者の歯科医師Iさんと塩野さんのご厚意で、角館の小料理屋で竹内さんを交えて4人の打ち上げにも参加させていただいたのだ。あの竹内洋岳と差し向かいである。
 意外なことに竹内さんは下戸。なのに小料理屋で緑茶をすすりながら付き合ってくれた。私はゴボゴボ遠慮なしに酒を飲み、世界的クライマーはお茶とガッコでニコニコ。なんとも申し訳ない。それにしても竹内さん、偉業を成し遂げたスーパーマンにしては破天荒なところのある人だ。飲食にも健康にもトレーニングにも何も興味がない、と断言するのだ。だから8千m級の山から帰ってきても、とにかく元の状態の身体に戻すことが一番大切なので、何もしないで休養しているのだそうだ。ときどき角館などに遊びに来て、近辺の山などで山菜採りをしたりするのがトレーニングですね、というのだからひっくり返る。従来の体育会系山岳部のイメージとは対極にある存在といっていい。体罰問題が世間の脚光を浴びる今、彼のような存在が指導者としては理想的なのかもしれない。
 今回の来秋は講演が目的ではない。自分の本を書いてくれた塩野さんの家に家族で遊びに来ただけ。毎年、角館には1,2回遊びに来ているのだそうだ。だから奥さんとお子さん2人も一緒で、塩野さんの家に泊まっている。「ご家族が待っているのに、飲み会なんかに付き合ってもらって」と謝ると、「いや、私がいないほうが、家族も楽しいでしょ」と笑った。
 最終の新幹線での帰る時間になった。言おうか言うまいか迷っていたセリフを口に出した。「明日、山があるもんで、お先に失礼します」。世界的クライマーの前で、私は「山」という言葉を使った。その山とは雄和町の高尾山(380m)である。ま、9割はしゃれのつもりだったのだが、幸い竹内さんは「どこの山ですか?」とは聞いてくれなかった。
 新幹線で秋田まで帰ってきたのだが竹内さんにあったコ―フンの余韻が残っていたのだろう。歩いて家に帰る途中、友人のやっているバーに寄ってしまった。が明日は山だ。なんとか1杯の水割りだけで我慢、家にたどりついたのは午前様ぎりぎりだった。
                      *
 というわけで、低山とは言いながら山に対して失礼な、二日酔いで登ったわけである。シャリバテは避けたいので、食欲はなかったが朝は無理やりおにぎりを食べ、塩飴を舐め、水分もたっぷりとった。それでも山中で汗をかくと喉が渇いて、ひっきりなしに水分を取らなければならなかった。酒の影響って大きいのだ。
 温泉は「雄和ふるさと温泉ユアシス」。昔ここに併設されたレストランで「狸ラーメン」というテンカスのはいったラーメンを食べたような記憶があるのだが、いま一つ記憶が定かではない。温泉ははじめて、いや2回目かな。
 正真正銘の源泉かけ流しの茶色い湯で、かなり熱い。山に登るようになって温泉が好きになったというものの、これだけ熱いと、まだ長湯はできない。すぐにのぼせてしまうのだ。おまけに露天風呂もない。あまり熱くて五分もはいっていられず、はやばやと出てしまった。いい泉質の温泉なのに残念。
 脱衣場で「立ちくらみ」のような症状が出た。急いで売店で水を買い、ペットボトル2本を飲みほした。脱水の初期症状だと思うのだが、帰りの車の運転がつらかった。


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●No.1 草紅葉の海で、なぜかパエリア
●No.2 贅沢お昼と、お気に入り温泉
●No.3 白神のブナの森を彷徨う
●No.4 南八幡平の自然休養林を歩く
●No.5 巨木の森で、雨に追われて
●No.6 何が悲しくて、遠い県境の雨の山へ(+クマの話)
●No.7 「キジ撃ち」慣れ、増える体重、初めての山
●No.8 雹に雷とスパイク長くつ、是山の山
●No.9 賞味期限切れ食品がうまい、きれいな三角山
●No.10 生きものたちと出あい、ラーメンうまい雪の山
●No.11 はじめての朝市、風格の天然杉、泥土のババ落とし
●No.12 雪と風とツェルトとストック
●No.13 「靴納め」はダブル山行、かててくわえて忘年会
●No.14 これが今年最後の山行です、信じてください!
●No.15 桜のつぼみが大きいから、春は早い……
●No.16 彷徨っても漂っても、頂上は遠い
●No.17 動物の足跡がないのは、「なまはげ」がいるからだ
●No.18 どんな山でも、なにか新しいことを学べるもんだ

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