Vol.812 16年6月25日 週刊あんばい一本勝負 No.804


忙しさはぬけました。

6月18日 山に行くようになり、気をつけて手入れをするようになったのが「爪」だ。身体では一番気になる箇所といっていい。爪が伸びてくると、てきめんに「違和」を覚え切りたくなる。特に足の爪は要注意だ。下山時に靴で圧迫され爪がはがれて歩けなくなる。手の爪も手袋をするせいか引っかかって気になる。手爪は10日、足爪は1か月という頻度で爪を切る。手足の場合とも、左右の爪の伸び方に微妙に差がある。左手足のほうが伸びるのは若干はやい。山靴が合わず左足親指の爪をはがしてしまったことがあった。完治したのは1年後。その間ずっと痛苦に耐えた。散歩用ウォーキングシューズでも爪があたり、歩きに集中できなくなることがある。爪の手入れは大事だ。

6月19日 5月の恒例の鳥海山祓川コース・直登雪山登山は天候悪化のため8合目でリタイア。ずっとその不満というか消化不良がくすぶっていた。今日は鳥海山鉾立コースで御浜小屋まで。簡単なコースだが雪渓がいたるところにある。長老Aさんはピッケル持参で皆の失笑を買った。が、なんとそのピッケルが大活躍。急斜面の雪渓でステップを切ってもらわなければ滑落者が出たかもしれない事態に遭遇したからだ。さらに最後の八丁坂の登りではリーダーが珍しく判断ミス、背丈より高いやぶ漕ぎを余儀なくされた。山は「突発的な事故」がつきもの。

6月20日 ボルダリングはフリークライミングの一種だ。最低限の道具(シューズとチョーク)を持って岩や石の壁を登る。昨夜、録画していた日本人選手のドキュメント番組を観た。東京オリンピックの種目にもなるようだがボルダリングは男女ともいまのところ日本人選手たちが世界のトップに君臨している。人工的に作られた壁を、指と全身の筋肉を使ってよじ登る。その壁が美しい。ほとんど現代美術といっていいほど。競技寸前まで選手はその壁を観ることができない。瞬間的にその壁をみて、ムーブ(体の動かし方)をイメージ、一瞬で決着をつける。頭をフル稼働し、全身の筋肉を使い、指一本で宙吊りになる。壁の幾何学的でアブストラクトな謎に人間の身体で答えを見つけようとするスポーツだ。実にスリリングで、知的で、アクロバチック。ファンになってしまった。

6月21日 去年あたりから外に出るとき飛行機を利用することが多くなった。東京までは新幹線で行くが(本が読めるので)、そこから西へは飛行機を使う。マイレージも10数年ぶりに復活。飛行機のことを考えていたら矢部宏冶さんが書いていたことを思い出した。羽田以西の首都圏(1都8県)の広大な上空は「横田空域」と呼ばれ米軍により管理されている、と矢部さんはいう。日本の民間機は飛行禁止だ。この地域には巨大なヒマラヤ山脈のような飛行禁止地域があって民間機はこの地域は急旋回、急上昇して避けて飛んでいるのだ。首都圏の上空を日本の飛行機は飛べないのだ。その空域の下には横須賀、厚木、座間、横田と沖縄並の巨大な米軍基地がある。完全な治外法権エリアだ。これは米軍と東京都航空交通管制部の間で1958年に合意された正式な取り決めによる。日米地位協定は沖縄だけの問題ではない。

6月22日 鳥海山の鉾立ルートはずっと石畳の道。石畳を見続けながらモクモクと登るのだが、敷き詰められた石の表面に棒状半円の穴が穿たれている。石切りした痕だ。石はある特定の平面にそって割れる。それを劈開(へきかい)という。昔はタガネ師がノミをあてゲンノウで叩いて矢穴をあけ、石を割った。いまは機械になったが、基本的な石の切り出し方法は昔と同じだ。門井慶喜著『家康、江戸を建てる』という小説では江戸城の石垣を積んだ男が登場する。巨大な城石を探し、割り、船で運ぶ。その石工の苦悩が克明に描かれている。家1軒ほどもある石が、石工のあけた数か所の矢穴で簡単に割れる。ほとんどマジックだ。お城の石垣表面がきれいな平面なのは削っているから、と思い込んでいた無知を恥じるしかない。

6月23日 漫画『マコちゃんとヒロシさん』ができてきた。横手市にあるチョー人気居酒屋「日本海」のマスターと客のドタバタ物語だ。この居酒屋に最初に入った時の新鮮な驚きは今も鮮明に覚えている。店内はメニュー札で一杯だが実際に出てくるのはその日仕入れた魚だけ(魚屋も兼業)。メニュー札は飾りなのだ。いくら飲もうが食べようが料金は3千円(飲まないと2千円)。ひっきりなしに客がツマミや酒を持参し勝手に盛り上がっている。マスターはいつの間にか客側のカウンターにいて、客が厨房で料理を作っていたりする。たまに外から魚の注文が入ると、暇な客が配達に行く。年中無休で店内禁煙、酒は「天の戸」しか置いていない。これも客のヒロシさんが決めたルールだ。ガイジン客が多いのも特徴だ。ヒロシさんが毎日発信する「日本海通信」は400人近いメンバーに届けられ、それを見て日本全国から多士済々な客が詰めかける。県外客占有率の高い酒場でもある。一度行ってみる価値はありますよ、ご同輩。

6月24日 『マコちゃんとヒロシさん』が出てしまったので当分は新刊なし。7月、8月とひまになりそうだ。日曜山行は岩手県側から登る焼石岳。楽しみだが天気がパッとしない。来週からは月末までずっと出張だ。仙台の2つの大学で2回おはなし会があり、ついでに東京で用事も片づけてくる。その間4泊ホテル暮らし。最近ホテルがおっくうでしょうがない。閉塞感がハンパない。外国のホテルのように広々としていれば問題ないのだが日本のビジネスホテルはまるで牢獄。もとより秋田の広々とした住空間に慣れ親しんでいるから、年々せまっ苦しいところが苦手になっていく。実は今週いっぱいダイエットしていた。台湾で増えた2キロはどうにか減量に成功、もう1キロほど頑張って落としたい。でもちょうど仙台東京出張とかち合い連日飲み会がある。はてさてどうしたものか。 
(あ)

No.804

もういちど村上春樹にご用心
(文春文庫)
内田樹

冬の終わりから夏の始まりまで、読書といえば村上春樹の長編小説という「異常な事態」がいまも続いている。先日、「ノルウェイの森」を読了しこれで長編はすべて読了した。これからは中編、短編を中心に村上ワールドにどっぷり浸った状態がまだまだ続きそうだ。本書はそんな「異常状態」の箸休め。いや、村上ワールドへの理解の仕方(読み方)がこれでいいのだろうか、という自分への猜疑心から読みだしたもの。著者の村上春樹論は明確で論理的で、腑に落ちる。村上ワールドの魅力は「重い主題とクールでライトな文体のコントラスト」であり、「日常生活のディテールに生活の最深部に通じる回路が開いてという確信が全作品に伏流」していることだ。「作家はこの「現実と非現実の境界」を行き来することのできる特権的な技能者であり、同時にその境界線の「守り手」(センチネル)である」というのが著者の主張だ。そのセンチネルであることの条件は主人公たちに共通する「ディセンシー(礼儀正しさ)」である、というのが骨格だ。本書は07年にアルテスパブリッシングという聞いたことのない版元から出版された。14年12月に増補改訂されて標題をかえ文春文庫で刊行された。07年版の初版の本も持っていたので読んだのだが、ウェブの文章をただ単行本用に並べただけ。文春文庫版ではさすがに同じ本とは思えないほど手が入り読み応えあるものに変貌している。

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