Vol.811 16年6月18日 週刊あんばい一本勝負 No.803


タケノコシーズン・村上ワールド・連日の雨

6月11日 ナイターを観終ると一刻も早く風呂に入って寝床に。ここ何か月も読書は村上春樹の長編小説。先日、村上作品では最も長い(「1Q84}と同じくらいかな)『ねじまき鳥クロニクル』(全3冊)を読了、今は2回目になる『ノルウェイの森』を読んでいる。長編が終わると次は中編と短編を全作品読破する予定だ。しばらくは村上ワールドから抜け出せそうにない。「ねじまき鳥」には東大を出てTVコメンテーターで活躍の後、国会議員になった綿谷ノボルなる人物が登場する。綿谷は相手の色によって自分の色を変え、借り物の無内容なレトリックで論敵を言い負かし、いちやく時代のヒーローになる。一貫性も世界観も持たないくせに、人を見透かすような傲慢さだけは強く持ち、上昇志向と権力欲は計り知れない。人々はそんな彼を知的な新しいタイプの政治家と勘違いして受け入れていく……。どこかの知事と似てませんか、これって。

6月12日 タケノコのシーズン。貝吹岳と田代岳が秋田の2大タケノコ・メッカだ。今日はその田代岳。一昨年、皆がタケノコ採りをしているあいだ暇なので大木に寄り掛かって休んだ。基本的にタケノコ採りに全く興味がない。その大木にウルシが生えていて見事にかぶれた。その苦い経験から去年は田代岳をパス。今年もどうしようか迷ったが、行くことに決めた。いつもの荒沢口ではなく大広手口から、というのが魅力だった。下山は恒例のタケノコ・フリータイム。こちらは5合目までモクモクと下山、そこで皆を待ちながら寝転んで本を読んでいた。そのうちウトウトいびきをかいて寝てしまった。山中で本を読んで熟睡というのは初めて経験だ。

6月13日 朝から秋田大学で打ち合わせ。雨が降っていたが歩いていく。昨日の山行の疲れが残っていて身体が重い。昨日は体調が悪かった。寝不足が原因だと思うのだが、こんな時は逆療法で身体を動かしたほうがいい。打ち合わせを終え歩いて帰ってくる。午後からは夏DMの注文が入り始めた。その対応に終始。今週はスケジュール的には暇だが、忙しかった時の疲れが時間がたっても抜けなくなった。先週は出張や打ち合わせが続いたので、その疲れが抜けていなかった感じだ。

6月14日 先日、東京駅で甲野善紀を観かけた。有名な古武術家だ。昔のように真剣こそさしていなかったが、黒っぽい道着に袴、高下駄(一枚歯)、防具を背負って人混みを歩いていた。俗にいうオーラのようなものは感じなかった。都会人は他者に無関心だが、これほどまで周囲に溶け込んでいると、発見すること事態が難しい。ミーハーの私は「発見」にコーフンしたが異界の気配を見事に消している「逆オーラ」にも感動した。そういえば秋田空港でよく会う俳優の永島敏行や豪風も驚くほど人込みに隠れてオーラを感じない。ある本によれば、もともとオーラなんてものは存在しないのだそうだ。他者が有名人を見る目や好奇心が、その場に異様な空気感をもたらし、それがオーラといわれるものの正体だそうだ。イチローであろうが村上春樹であろうが、意識して自らが持つ気配を周囲に巻き散らかすわけではない。彼らは周囲に関心を持たれないよう、しずかに気配を消す技術を身に付けているのだ。

6月15日 ミズとタケノコのビン詰めをいただいた。ワラビも灰汁抜きしたものを何度もいただいた。すべてSシェフからの頂き物。ワラビは大好物なので、なくなると「ワラビがなくなったなぁ……」とSシェフの前でつぶやくと、翌日には届くことになっている。同じ山に入っているのだが当方は山菜を採らない。興味がないのではなく採った後の下処理が面倒なのだ。我が家は採ってきた山菜の皮むきや灰汁抜きは自分でやるのが鉄則。採るのは一瞬、下処理には膨大な時間がかかる。そんなこんなで山で山菜を見かけても「見て見ぬふりをする」クセがついた。そんな怠惰な私を見かねてSシェフは自分の採った山菜を丁寧に下処理し、おすそ分けしてくれる。ありがたい。でもいつ愛想をつかされるかもわからない不安もある。

6月16日 台湾での食事の際、もっぱら酒はウイスキーだった。中華とウイスキー(ハイボール)は相性がいい。中華レストランでウイスキーをボトルで頼むとワインのデキャンタのような小分けグラスが出てくる。ここにウイスキーを小分けし自分に合った分量を注ぐ仕組みだ。ウイスキーにもデキャンタ・グラスがあることを初めて知った。これをお土産にしようと探したが見つけられなかった。オンザロックグラスを大きくして、注ぎ口が理科実験用ビーカーのような薄いものだ。ネットで探してみると「ミキシンググラス」という名前で似たようなものあった。大きさやガラスの薄さまでネットではわからないが、2千円前後だったので買った。果たしてイメージ通りのものが届くだろうか、不安だ。

6月17日 連日の雨。雨は嫌いではないが、散歩に行けなくなる。とはいっても夕方前や夜9時前後には霧が晴れるように雨が上がる時間帯がある。そこを狙って傘持参で散歩に出る。散歩の途中、ものすごい豪雨に見舞われタクシーで帰ってきた。逃げ込んだコンビニに、たまたまタクシーが駐車していたので助かった。そのタクシー運転手から面白い話を聞いた。コンビニに駐車しているのは、深夜やコンビニ客の少ない時間帯に、コンビニ側から「ぜひ駐車場を使ってください」と要請されているのだそうだ。強盗や事故防止のガードマンの役割を、無料でタクシーに担わせているのだ。頭のいい人(コンビニの経営者)がいるものだ。台北の故宮博物院裏手の山に登った時、山中に10m間隔でタクシーが駐車していた。車の横にはテントや煮炊きの道具まであった。故宮に来る観光客用に彼らはこの山の中で1日のほとんどを待機しながら過ごしているのだ。タクシーの運転手の目から見た世相はおもしろい。
(あ)

No.803

向田理髪店
(光文社)
奥田英朗

この著者の本は新刊が出ると必ずチェックする。殺人が絡むようなものは買ったまま積んどく状態になることもあるが、基本的に「必ず新刊は買う」著者のひとりだ。好きになった理由は『オリンピックの身代金』。この犯人は秋田の貧しい農村出身で、その人物造形と舞台背景(秋田)のリアリティに打ちのめされてしまった。昭和30年代の東北農村の実態は資料も少なくリアルに描くのが難しい世界だ。そこを想像力を駆使して見事に描き切っている。著者の出身は岐阜だ。その著者が、縁もゆかりもない北海道の寂れた炭鉱町を舞台に書いた連作小説集なのだが、「この作家だったら信頼できる」と信頼できた。読みだすとすぐに夕張がモデルの物語だとわかる。主人公は心配性の理髪店店主で過疎の町で起こる事件ともいえない事件を、静かにおっとりと解決していく。このゆるさが町のスピード感と同じなのだ。大きな事件も感動的なエピソードも、大向こうをうならせる展開も、ない。それでも小さな物語が少しずつこちらに浸透してきて心が温かくなってくる。北海道弁の使い方も達者だ。違和感なく読めるのは用意周到な取材があったからに違いない。「過疎」や「寂れた炭鉱町」から安易に連想できる結末を見事に裏切って、小説家の想像力の豊かさを再認識させてくれる。

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