Vol.768 15年8月15日 週刊あんばい一本勝負 No.760


手の込んだ粗食を食べる日々

8月8日 朝から日本農業新聞の書評原稿を書く。好きな本の書評を書くわけではない。新聞社側から「指定」された本を読み700字にまとめるのだ。今回は「シベリア抑留」(新潮選書)という450ページもある難解な大著。書くのは1時間、読了に1週間費やした。悪戦苦闘。なぜ捕虜でなく抑留なのか、と疑問に思っていたが、旧ソ連軍の「拉致」は敗戦後に行われたためだ。さらに共産国家だったため国際法の捕虜保護もくそもなかった。それが10万人という犠牲者を生んだ土壌だ。しかし、興味のない本を「無理やり読まされる」という経験もあったほうがいい。この本でずいぶん知見が広がったような気がする。納得できない論拠もたくさん発見した。今月は朝日新聞県版コラム原稿も書いた。もう1本ぐらいは何か書けそうだが、そううまく原稿依頼はない。

8月9日 1か月ぶりの日曜登山は乳頭山。予想通り前の晩よく眠られなかった。極度の小心者なのである。乳頭山は何回も登っている。難易度もたいしたことがない。わかっていても山行前日になるとコーフンするのか、不安になるのか、目がさえて眠られなくなってしまう。目下の課題はこの山行前夜の睡眠である。どうすれば前日に熟睡できるだろうか。山は晴れ曇り。蒸し暑くて2リットルの水を飲む。なんどか足首をひねった。1か月間山に行かないだけで身体の小さなパーツはさび付き始めていた。これだと2か月間も山に行かないと怪我をするのは、ほぼ間違いない。怖いなあ。

8月10日 お盆週間にはいった。一応13日から16日まではお休み。お休みだが、ほぼ連日何らかの小さな仕事や約束が詰まっている。だからこの期間は事務所にいる。お盆期間中は帰省客が増える。その人たちが「久しぶりです」と訪ねてくる。同じ場所で40年以上同じ仕事をしていると、誰が訪ねてくるかはまったく予測不能。40年ぶりの来訪なんてこともありだ。会いたいと思わない人もたまには来るが、それもまた人生のキビ。何かしらの発見や驚きが伴う。さて今週はどんな「新顔」と出会えるだろうか。

8月11日 散歩の途中、田んぼにうずくまっている農作業中らしき夫婦がいた。立ちくらみでもしたのだろうか、と近づいて気が付いた。2人の横には軽トラック、荷台には大きな農薬タンクとホース。新興住宅地の中の田んぼなので、暗くなるのを畦に座って待っていたのだ。日中、農薬散布すると周辺は真っ白になり音もかなりうるさい。たぶん近所からモーレツなクレームが来るのだろう。目立たないように夕飯後の暗がりで一挙に撒いてしまうための待機中だったのである。トラクターや耕運機の音がうるさいというクレームも少なくないらしい。わが広面は住宅地と田んぼがぎりぎりのところでせめぎあっている場所。お百姓さんたちも必死である。田んぼの稲たちはそんな事情を知る由もなし。スクスク青みを増して生長中。今年も豊作だろう。

8月12日 60代はほんの短い過渡期。50代(中年後期)と70代(まぎれもない老年)のあいだに頼りなくかかる橋。それ以上のものではない。と尊敬する先輩(津野海太郎)が新著『百歳までの読書術』(本の雑誌社)に書いていた。65歳を超えた身としては実感が伴う言葉だ。60代の時間の過ぎる速さには自分自身が一番驚いている。仕事は遅々として進まなくても、年を取るスピードだけは日々加速していく。まったくもって納得できない。60代はなんだか理不尽だなあ、と思っていたが、50代と70代の「過渡期」とくくられると、なるほどと妙に納得。自分の70代を想像する余裕もない日々だが、そろそろ真剣に「老後」を考えなければならないのかもしれない。津野さんの本は相変わらず面白い。

8月13日 事務所の上空をかなり低い高度でヘリコプターが離発着する。そばに大学病院のヘリポートがあり、緊急の病人が運ばれてくる。以前に比べれば少なくなったが何度聞いてもあの爆音は気持ちのいいものではない。こんな時だけ沖縄の人たちのことを思い、さらに気持ちは暗く沈んでしまう。近所で遊ぶ子どもたちの金切り声も苦手だ。高音の切り裂くような声がすると瞬間的に事故や事件を連想して身構えてしまう。夜中の酔っぱらいのたわいない嬌声にも敏感だ。少年時代、歓楽街のど真ん中に住んでいた影響だろう。昔の泥酔オヤジたちはところかまわず大声で気勢を上げ、玄関前に小便をし、無意味に暴力的なバカオヤジが多かった。出張で親父がいない夜、寝床にいつも木刀を置いて寝た記憶がよみがえる。今日からお盆休み。普通通り仕事です。

8月14日 2日に1冊のペースで本を読んでいる。うまい具合に「読み応え」のある本に恵まれている。今日は午前中に友人と市内で2つの個展をのぞいて、午後からは原稿書きの仕事。もう秋のDMシーズンになってしまった。猛暑のただなかに秋号の制作を始めなければならない。うちのデザイナーはだからお盆休みなしだ。来客はなさそうだし、カミさんは関西に旅行中。じっくり仕事のできる環境だが、ちょっと羽根をのばして外に飲みにでも出かけたい気分も。が、それをすると今までのダイエット効果が一夜にして帳消しになる。この一か月で3キロのダイエットに成功した。しゃあない。今日も自炊で「手の込んだ粗食」にしよう。
(あ)

No.760

鈴木さんにも分かるネットの未来
(岩波新書)
川上量生

 唐突に思える署名だが「鈴木さん」とは、あのスタジオ・ジブリの名プロデューサー鈴木敏夫のこと。本文でも最初に数行鈴木さんに触れているが、その後一切鈴木さんは登場しない。何者なのかわからないまま読んでしまう読者もいるのかもしれないが、書名としては意表を突いた優れもの。本書はそのスタジオ・ジブリの刊行物である「熱風」に連載された。鈴木さんのレヴェルに標準を合わせているせいか、小生にはうまく理解できなかった。難しすぎる。それでも最後まで読み通せたのは、著者が角川書店(KADOKAWA)の社長に就任したせいだ。著者はことあるごとに「本が売れなくなった背景にはコピー文化がある」と言い続けている。これは同感だ。さらに書店や取次は電子書籍の時代に役割があるのか、という問題にも一刀両断、存在意義はない、と明言する歯切れの良さだ。電子書籍の時代の本のプラットフォームはアマゾンとアップルの二つが市場をコントロールする。著者がネットで未来への可能性を感じているのは、意外なことに「メルマガ」の進化形だ。ホリエモンは自分のメルマガの定期購読者が1万人いる。月の定額購読料は800円ほど。これだけで年収1億円を超える。小さくて大きな成功例だ。こうした内輪の興味深い舞台裏話がいたるところにちりばめられている。

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