Vol.754 15年5月9日 週刊あんばい一本勝負 No.746


山梨はいいところだった

5月2日 東京・飯田橋の定宿近くにある日、巨大なビルが建っていた。角川書店の本社ビルだった。こんな出版不況の時代にすごいなあ、と驚いた。持ち株会社に傘下の子会社をすべて集結させ「メガ・ソフトウエア・パブリッシャー」として去年10月にはネット企業ドワンゴと経営統合したばかりだ。このニュースにも業界は仰天した。なんだか独り勝ちしている出版社の印象だったが実は内部は火の車。2千人いる社員の15%に当たる300人ほどのリストラ(希望退職)が始まった。41歳以上で5年以上勤務する約900人の社員が対象だという。あらゆるソフトを包合する総合メディア産業のトップランナーのこれが実情だ。優良企業といわれる学研でも業務縮小の嵐が吹きあれているようだ。

5月3日 鳥海山は手ごわい。前半ちょっと調子に乗ってハイペースで登ったら後半もろに足に来た。9合目からはほうほうのていでどうにか山頂へ。下りは半分近くヒップ(尻)スキーで降りてきた。歩くのがしんどかったためだ。鳥海山は何度登っても楽に登頂させてくれない。天気が良かったので顔面が真っ黒というか真っ赤に日焼けしてしまった。明日は仕事が休みなので問題はないが、明後日からは山梨に行き多くの人たちと会う予定だ。顔の色を見て、何をやっている人ですか、とマジに訊かれそうだ。新入社員も休みになると安比まで出かけて山スキー三昧。だから2人とも顔が真っ黒なのだ。何を作っている会社なのですか、って訊かれそうな雰囲気だ。

5月4日 ハードな山の翌日は「爽快さ」が倍増する。気分がいい。全身の疲労感が良質のワインの酔いようにまとわりついて、実に心地いい。これは体験した人にしかわからない。顔は火ぶくれしたように真っ赤でかっこ悪いのだが、これはご愛嬌。で今日4日は何の休日なのか。たぶん昨日の憲法記念日の振り替え休日だろう、と疑っていなかったのだが、なんと「みどりの日」というレッキとした旗日ではないか。世間にこうまで疎くなると自分でも笑ってしまう。それにしても雪国の5月の晴天の風は気持ちいい。シャチョー室の窓は全開で、思うぞんぶん風を浴びながらボーっとしている昼下がり。

5月5日 朝8時半に秋田空港を飛び立った。羽田から浜松町、そこから東京駅、そして新宿へ。新宿からは「特急あずさ」で山梨県・小淵沢。小淵沢からはシャトルバスでサントリー白州蒸溜所へ。たどり着いたのは午後2時を回っていた。2時半からゲストハウスでウイスキーセミナーを受講なので、ぎりぎり間に合った。ホテルは清里に移動し、ここでウイスキー・ディナー。京都の友人たちが個人的に開催したツアーなのだが、すごいのは講師が輿水精一さん。今年日本人で初めて英国ウイスキー殿堂入りはたした世界的なブレンダーだ。なんだか草野球選手がイチローから個人指導を受けているアンバイだ。ウイスキーの基礎の基礎がようやく理解できた。

5月6日 山梨から東京に。今日は東京に1泊し明日帰省予定。山梨ではウイスキー以外にも意外な収穫があった。北壮市清里でポール・ラッシュという人物を知ったことだ。ラッシュは「清里開拓の父」といわれる人、町のいたるところに彼の記念館や顕彰施設があふれていた。関東大震災で来日し、清里にキリスト教的な理想郷を築こうと心血を注いだ人物だ。初めて知った人物なのだが、彼の宗教観や思想、行動力、農業実践に「既知感」があった。謎は記念館で解けた。あのエリザベス・サンダースホームの創立者・沢田美樹のなした(なそうとした)仕事が、ほとんどこのラッシュの「後追い」だったのだ。沢田が混血児の理想郷をブラジル・アマゾンのジャングルに築こうとした軌跡をずっと取材してきたので間違いない。あの沢田の行動力や思考の原型はポール・ラッシュだったのだ。案の定、記念館や出版物にはラッシュと一緒にブランコに乗る沢田の写真があった。聖公会つながりで2人は戦前から深いつながりがあった。これは収穫だなあ。

5月7日 今日は1日中東京滞在だ。昼はいつものように地方小の社長とランチ。午後からは元新聞記者の友人と会うことになっている。帰りは飛行機が最終便なので秋田に着くのは夜9時半。時間を持て余しそうだ。最近、東京にはほとんど魅力を感じなくなってしまった。今年に入って香港、沖縄、名古屋、青森、札幌と毎月どこかしら出かけているが東京は久しぶりだ。山梨も強烈なインパクトがあってまた行きたいが、東京は交通の起点なのでしょうがなくいく感じ。少し早目に羽田に行き空港内をはじからはじまで「散歩」してみようか。空港内を歩いているだけで1万歩は行く。空港で散歩、いいアイデアだ。

5月8日 連休明けだからなのかバタバタ来客や電話が相次いでいる。明日からはまた週末なので「かけこみ」が多いのだろう。それにしても今日の寒さはなんということか。昨日まで山梨や東京で暑さにフーフー言っていたのがうそみたい。秋田と比較して10度以上もの温度差があるのだから嫌になってしまう。山リュックの底に常備しているダウンジャケットを取り出し(冬物はタンスにしまいこんでしまった)仕事をしている。それでもサワサワと上半身が寒い。もちろんモモヒキは復活で下半身は万全。昔はこれで風邪をひき寝込んでしまうパターンだった。昔に比べて寒暖にナーバスになった。これは山登りをするようになってから身につけたことだ。とにかくこまめに寒暖に応じて衣服の着脱を心掛けている。
(あ)

No.746

口笛を吹きながら本を売る
(晶文社)
石橋毅史

 出版業界関連本にはほとんど興味がない。同業者とはいっても出版社の経営や本のつくり方、センスはそれぞれ無手勝流が常識だ。統一されたビジネス・ルールなどないに等しい業界でもある。自分的には出版は「仕事というよりも生き方」という意識が強い。だから猿真似は論外だ。というわけで業界本には食指が動かないのだが、この本は構成や語り口の巧妙さに唸ってしまった。本の主人公である岩波ブックセンターの柴田信さんは自他ともに認める「まったく普通、平凡であることに自信を持っている」85歳の現役書店人。そんな人をどのような切り口で本に仕立て上げるのか。柴田さんを知っているこちらとしては首をかしげてしまうのだが、なるほどこう来たか。う〜ん見事、とうなりながら読了した。うまいなあ、すごいなあ、できるなあ、この石橋さんという人。「新文化」という業界紙の編集者だった人で、今はフリーランスライター。会ったことはないが、この構成や語り口のうまさは只者ではない感じ。インタビューをそのまま活字化したような演出も芸が細かい。融通の利かないNHKのアナウンサー(著者)が、口八丁手八丁のお笑い芸人(柴田さん)にボケ質問をして突っ込まれる、という掛け合いふうの演出も見事としかいいようがない。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.750 4月11日号  ●vol.751 4月18日号  ●vol.752 4月25日号  ●vol.753 5月2日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ