Vol.751 15年4月18日 週刊あんばい一本勝負 No.743


理系の基礎知識をつけたい

4月11日 テレビ番組「マッサン」が終わったので、早速出演者たちの「スピンオフ」が公開され始めた、というネットニュースの意味が分からない。スピンオフという言葉は芸能の世界ではもう市民権を得た言葉なのだろうか。関連作品といった程度の意味だが、知らないとなんだか時代に取り残されたような気分になった。一方、「私を選挙に連れてって」という九州の選挙キャンペーン・コピーが女性蔑視で問題になっていた。今風でかっこいいとデザイナーやお役人が考えたのだろうが、この文言こそ時代遅れで問題だ、と気付かない鈍感さは度し難い。税金を使ってこんなコピーを公表すれば抗議の嵐になるのは目に見えている。それを予測できないデザイン会社やお役所というのは、最も「今」や「言葉」から取り残されている。他人事じゃないけど。

4月12日 伊豆山・神宮寺嶽・姫神山の大曲三山縦走の花見登山。モモヒキーズ主催ではない他流試合だ。モモヒキーズからは三名の参加。たまには外の空気を吸うのも新鮮でいい。いつもの仲間同士なら見過ごしたり、知らないままでいたり、というようなこともいくつかあった。小さな山なのにアップダウンがきつく7時間余の山行だ。鳥海山並みのハードワークだが男鹿三山に匹敵する「花の山」でもある。サイハイランやシュンランといったあまり見たことのない花を見ることができたし、ヒメギフチョウや猛禽類のミサゴまで見られたのは運が良かったとしか言いようがない。すぐそばの雄物川から魚を捕って巣にもどってくるワシタカ目のミサゴを見ることができる機会なんてざらにはない。帰宅して山で撮った写真を見ながらビールを飲むのは至福の時間だ。

4月13日 月日のたつのは早い。もう4月も半ば。今月後半は宴会や出張(札幌)、広告掲載(朝日)などがGW前まで詰まっている。その準備やなにやらで気が急く。でも本業はちっとも忙しくない。雑用ばかりで日々が飛ぶように過ぎていく。今日も「仕事」のメインは冬物の衣料などを倉庫に移動すること、宴会や倉庫改修工事の事前打ち合わせ。印刷所や著者とのやり取りはこのところすっかりご無沙汰。毎週、出版依頼は引きも切らずあるのだが、現在の出版事情に無知な「お前のところで出させてやる」系が少なくない。依頼がないよりはマシなので丁寧に対応はしている。東京の取次店に現状を聞くと、三月は教科書があるので何とかしのげたが、四月はどこまで落ち込むのか恐怖、とのこと。いずこも寒風が吹き荒れている出版界。

4月14日 選挙が終わってホッとしているのだが、今日の朝日新聞を見てびっくり。死亡欄に「羽柴誠三秀吉」こと青森の三上誠三氏が肝硬変で死去、と「異例の」顔写真入りで載っている。朝日新聞の写真入り死亡記事というのだからスゴイ。体調を崩してからマック赤坂ほどメディアには登場しなくなったが、泡沫候補としての知名度やインパクトはマック以上。青森の人たちは全国で彼の立候補が報じられるたび、恥ずかしくて不愉快だった、という人も少なくない。いかにも青森人らしいアクの強い愛嬌のある独特のキャラクターだった。青函トンネル工事の土砂運搬で大儲けをした産廃処理業者だが、その利益をすべて選挙に注ぎ込んだのだろうか。確か息子も方言お笑いタレントのような活動をしていたはず。最近の選挙がつまらないのは、こうした奇想天外な泡沫候補がいなくなったせいかもしれない。

4月15日 生物や物理の基礎的素養はゼロ。心底悔しいと遅まきながら思っている。まだ間に合うだろうか。中学生程度の教科書があれば便利なのだが高校生用だけだ。これがけっこう難しいのだ。理系的基礎知識を理解しなければ、もう本も読めない時代だ。こんなときは困ったときの岩波ジュニア新書。「理科が好きになる12章」とか「アインシュタインの考えたこと」といった中高生用の本を愛読している。でも、それすら今のところ睡眠導入剤の役割しか果たしていない。理系の人たちから見れば「相対性理論」も知らないでよく現代を生きていけるね、という感じなのだろう。なぜ原子力エネルギーが人類を滅ぼすほどすごいのか。たった1キロの物質をエネルギーに変えるだけで国を壊滅させる破壊力をもつ核分裂とはどんな原理によるものなのか。慙愧に駆られ毎日、理系の初歩的な本ばかり読んでいる今日この頃です。

4月16日 朝ぶろを浴び気分爽快。朝ぶろも朝酒も実は性に合わない。よほどのことがないと無縁だ。この2日間、酒が入ったため風呂に入らなかった。昨夜はモモヒキーズの「天ぷら宴会」。稚鮎をメインに豪勢で愉快な一夜だったが、天ぷら料理というのは衣類や室内に油の匂いが付きまくる。宴会場のシャチョー室は昨夜から匂い抜きのため窓を開けっぱなしだった。それが早朝の雨。あわてて飛び起き、窓を閉めるために寝巻のまま出舎。風向きの具合で1か所にしか雨が入っていなかったのは不幸中の幸いだった。でも油の匂いは一晩では抜けていない。これは手ごわい。まずは身体からこの油の匂いを消さなければ、と朝ぶろになった。頭の隅にまだ酒も残っているが、朝ぶろの爽快さが勝っている。シャッキっとして今日も仕事をしよう。

4月17日 外に出るのに飛行機を使うようになった。JALやANAのマイレージも再発行。1月に香港、この9月には台湾に行くつもりだしブラジルへも行く計画もある。ブラジルは行き慣れている国だがとにかく遠い。ここに1回行くとタイ往復飛行機代がタダになるほどマイレージがたまる。そんなわけ、10年近く使わなかったマイレージカードを復活させた。昔は毎月のように東京まで往復、どこに行くにも飛行機だった。それが50代後半から60代前半まで、まったくと言っていいほど飛行機に乗らないようになり、電車一辺倒だった。どういう心境の変化かと言われても困るのだが、なんとなく旅の気分はもう飛行機の気分なのだ。旅行鞄も最近キャリーバックに変えた。このへんも旅のスタイルというか流儀が変容している証左だろう。昔に比べて「旅の意味」が大きく変わってしまったのだ。
(あ)

No.743

馬と人の江戸時代
(吉川弘文館)
兼平賢治

 このところ人間の身近なところで暮らす「動物」に興味がある。山に登るようになったせいかもしれない。クマもカモシカ、ヘビもタヌキも日常的に目にする機会が増えた。そのウサギやシカ、クマやイノシシ、馬や牛や犬といった動物たちが、長い歴史の中で人間とどういう関係を築いてきたのか。そのなかでも特にすっかり日常から姿を消してしまった「馬」に関心がある。西日本は牛、東日本は馬、といわれるのはなぜなのか。山には「駒」(馬のこと)とつく名前が多い理由は。馬を家族同然に扱った昔の農家の生活具合……そうした初歩的疑問があり、調べ始めたのだが、他の動物よりも「馬」は奥が深く、出版物も千差万別だ。交通機関や戦争の重要な「乗り物」だったし、武具や農具であったし、皮製品や馬肉食など、生活でも重要な役割を担っていたから当然といえば当然だ。特に江戸時代の馬との関わりが面白い。馬は将軍から百姓まで、多様な身分の人々と寄り添い生きてきたからだ。その馬にも人間同様、身分や差別があったというから驚きだ。本書は名馬の産地と言われた盛岡藩領の南部馬にスポットを当て読み解いたもの(著者は岩手生まれ、岩手大学卒。盛岡藩関連資料が多い)。「なぜ馬産地は東北なのか」という疑問は氷解した。寒冷な土地なので農業に充てる時間が短いこと。発酵性の高い馬糞が肥料に適していたこと。牛より俊敏なために作業効率が良かったこと、などが理由だそうだ。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.747 3月21日号  ●vol.748 3月28日号  ●vol.749 4月4日号  ●vol.750 4月11日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ