Vol.740 15年1月31日 週刊あんばい一本勝負 No.732


香港で初めて知ったお酒の話

1月24日 前とずいぶん変わったのは事務所の灯が消える時間が早くなったこと。最近は5時半になると事務所は真っ暗。新入社員はこの時間になると夕食のために隣の家に帰ってしまう。私も食べに帰るのだが帰ってくると灯は消えている。読者や著者、業界の人たちからの電話や連絡はこの時間帯に多い。それを待つためにだけ帰って留守番をしていたわけだが、よく考えれば、用事があればメールでもファックスでも留守電でもいい。電話を「待つ」ことに意味がある時代は終わったのではないのか。長く遅くまで仕事するのをよしとする習慣は、もう「悪癖」なのではないのだろうか。出版の世界は昼夜が逆、長時間の徹夜仕事が当たり前。こんなことがカッコイイと言われたのは過去のことだ。簡単にできることは簡単に。早く済むことは早く済ませれば、それにこしたことはない。5時半の早じまい、だいぶ慣れてきた。

1月25日 日曜登山は2週間ぶり。10日以上山歩きと御無沙汰すると体力的に少し不安。今日は太平山前岳。秋田市内の山なので気は楽だが、登山口付近は車が路上まで列をなしていた。市内の繁華街は閑古鳥が鳴いているが、人気の山や温泉は高齢者たちであふれている。ようやく駐車スペースを確保。今年は雪が少ない。雪が多くてもこの山は登山客が多いので踏み跡がついている。「つぼ足」で登れる雪山なのだ。長靴で登れるのだから楽だしありがたい。途中、早々と一人で鈴を鳴らしながら下りてくるO先生と出会った。これも毎回のことだ。O先生は1年中毎日のようにこの山を「散歩」しているご仁。もう80近いはずだが、こんな人を達人とよぶのだろう。うちの著者でもあるので、敬意を表してご挨拶。

1月26日 さぁて、今日から「新年度だ」という気分。年明けからブラジルの友人たちが次々に来襲(来秋)、息つくひまもなく香港旅行、けっきょく1月の半分は酒とバラの日々。今日からが仕事本番である。今年は何の根拠もないが、なんとなく忙しくなりそうな予感。40年以上も同じ仕事を繰り返していると「いつもと違う感じ」を感知するアンテナが敏感に作動する。経世(政治・経済)とは関係ない。あくまで身辺に関してだけあてはまる「予知能力」だ。今年1年で新入社員を一人立ちさせ、こちらは新しい仕事にも挑戦したい。少し遅くなったが新年にあたっての、これが抱負です。

1月27日 出版界のニュースなど、大きなメディアではほとんど「きわもの」扱いが当たり前になった。今日の朝日新聞もごくごく小さく昨年の出版販売額が1兆6千億だったことをベタ記事で報じていた。これで10年連続の減少で前年比4.5%減、これは統計開始以来、最大の下げ幅だそうだ。90年代の後半までは2兆7千億ぐらいの販売額があった。出版界全体でも三菱重工一社の売り上げに満たないとか、ようやくホンダ自動車一社と同じ額になりました、などと自虐的に揶揄していた頃が懐かしい。1兆6千億の売り上げと言うのは、現在の成り上がったIT企業二,三社の売り上げを足した額と同じくらいのものだろう。それが、講談社や集英社、文春から岩波まで、数千社の出版社の一年間の全売り上げを足したものと同じというのだから、笑ってしまう。早晩一兆円を割る日も近い。でも出版の世界は数字だけではない。自分と会社と仕事の満足度のバランスなのだ。統計など何ほどのこともない。

1月28日 (酒の話1) 香港で中華料理を食べながら紹興酒(古酒)をいただいた。豊潤な甘さと滑らかな舌触りで、酒はプリンのように喉を通った。「ザラメは入れないのですか?」と訊いたら、「新しい酒を古く見せるためにザラメを使うんです」と窘められた。なるほど、そうだったのか。最近、晩酌はほとんど焼酎のお湯割りだ。なのに身辺では県内外の友人たちから、「新政の日本酒、手にはいらないか?」という問い合わせばかり。すごい人気で酒市場はパニックのようだ。知り合いの酒業者さんに訊くと、あまりの過熱人気に、当の酒蔵は「うちの酒の宣伝はいっさいしないこと」を条件にわずかな本数をまわしてくれるのだそうだ。仕込み量が少ないのだから、評判になってもメリットはあまりない。これは去年の話。今年いっぱいはこの新政が酒の話の中心になって話題を独占する気配だ。秋田県民としてはうれしい話だが、手に入らない酒の話をされてもなあ。

1月29日 (酒の話2) 香港で泊まったホテルはシェラトン。そこそこのホテルだが、なにせお隣がペニンシュラ・ホテル。まるで格が違う。そこでお茶やミーティングは歩いてお隣に出向きセレブ気分に。せこいなあ。このペニンシュラのラウンジ(常時クラッシック生演奏入り)はアフタヌーン・ティーで有名だが、私はもっぱら朝からフローズン・ダイキリ。京都の料亭主人Hさんが強く勧めたからだ。ダイキリはラム酒カクテルだが、フローズンが曲者。このフローズンが熔けてもカクテルはまったく水っぽくならない。フローズンがそもそもダイキリから作っているのだ。そのため最初から最後まで同じ味の温度差あるカクテルを楽しめる。これには驚いた。ラムをフローズンしてストックしておかなければ出せない贅沢なメニューだったのだ。ストロベリー・フローズン・ダイキリと言うのもここの名物だ。香港に行ったら一度お試しあれ。1杯2千円ほど。

1月30日 (酒の話3) 今回の香港旅行で一番驚いたのは「ウイスキー」。なんと参加者の半数が自前でウイスキーを持参していた。そのウイスキーの名前は「瞳ジュニア」。市販はしていない。プライヴェート・ブランドといっていいだろう。サントリー山崎工場の最高品質の樽を「カスク(木樽)買い」したものだ。このあたりからして同行者たちがもう「普通の人たち」ではないのがお分かりいただけるだろう。ウイスキーを呑みなれてない小生にもそのうまさが即座に理解できるほど「瞳」は美味しいウイスキーだった。中華料理を食べながら全員がずっとウイスキーを呑んでいたのである。このカスク、ひと樽を手に入れるためには中古住宅が買えるほどのお金がいる。この額にも卒倒しそうになったが、まあ飲食関係者にとれば必要経費の部類なのかもしれない。一般的に市販されているウイスキーは、出来のいいカスクと出来の悪いカスクをブレンドし、加水して味を調整したもの。そのブレンドをせず、出来のいいカスクを丸ごと好きな人に樽単位で売るビジネスがあることも初めて知った。いやはや酒の世界は深い。また「瞳」呑みたいなあ。
(あ)

No.732

ボケてたまるか!
(朝日新聞出版)
山本朋史

 本書を取り上げるのは最後まで迷ってしまった。ここに取り上げる以上は、その本を批判するのは避けたい。読後感のよくない本だったら取り上げなければいいのだ。取り上げて批判をするのは著者に失礼ではないのか。そう感じたのは、本書を読んで納得はしても、どこかピンとこなかったせいだ。「ボケ」の問題は人ごとでない。著者とは年齢も近いし仕事も似たような業種だ。本書で言及されている「物忘れ」はこちらも日常的常習犯だ。本書で最初に示されたご本人の物忘れの度合いは、あまりも日常的で、誰にでもありそうで、これなら高齢者はすべて認知症ではないか、という疑問をぬぐえないまま、読みおえてしまった。エピソードが貧弱なせいで、前提の土台が低いまま、大きな結論まで無理やりひきづられてしまったような不燃感のようなものが残ってしまったのだ。「物忘れ」が気になり医師に相談、という行動はそう簡単にできることではない。程度問題だからだ。その「程度」が本書ではよく分からない。著者の場合、週刊誌ライターという職業が素早い対応をさせたのだろう。そうした危機感を持つにいたったエピソードの説得力が弱いのだ。「62歳記者認知症早期治療実体験ルポ」というサブタイトルは興味をそそるが、最初にボケありき、なのだ。俳優の名前が出てこない。漢字を忘れてメモができなくなる。予定をダブルブッキングした……この程度なら50歳を過ぎた人たちならだれでもが身に覚えのあること。病院にもいかないし、夜も眠られなくなったりはしない。 

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