Vol.695 14年3月15日 週刊あんばい一本勝負 No.688


本格的に冬山に登り始めたぞ

3月8日 久しぶりに山に行ける。山といってもアップダウンの少ない野山ハイキング。場所はホームグラウンド「山の学校」のある河辺町のダム湖周辺。モモヒキーズはみんな「山の学校」の所属メンバーだ。昨日から猛吹雪でさすがに山は無理。今日は冬山が初めてという東京からのお客様もいる。遠足前の小学生のように前日はちょっとコーフン、何度か夜中に目が覚めた。外は不気味な吹雪音が鳴り響く。冬のハイクは荒れた天候も絶妙な調味料だ。ましてや学校という基地がある。遊びからすぐに帰還でき安全で便利。外に出なくても学校でまきストーブを囲みながら食べたり飲んだり、ロッククライミングまでできる環境。温泉もすぐそばに「ユフォーレ」がある。いつもストレッチで利用しているところ。だから、さあ、もっと雪よ、吹き荒れろ。

3月9日 久しぶりの日曜登山。スノーハイクではなく冬山登山だ、と少しきばって言ってもいいかな。今年になって初めての本格的な冬山で、場所は秋田市内の一の沢山(532m)。あまりなじみのない山だが、けっこうルートは複雑で、山頂近くはかなりの急斜度が続き、とても初心者では無理、と言われているところだ。とくに危険なのは下り。ロープをはらなければ下りてこられないほど急斜面。ロープに頼らず下りてみたが、やはり足がすくんで何度もこけてしまった。登りよりも下りが怖い山というのはめずらしい。それにしても好天に恵まれた。これ以上はないとうほどの群青(ウルトラマリン)の空。今年の冬はこの深い青空と出会えただけで満足。雪も湿って重かった。雪にも春が忍び込んでいる。

3月10日 「もしもし」という言葉を使わなくなった。ある作家のエッセイでこのことを指摘していたが、確かにケータイの普及で「もしもし」が省略され、いきなり「はい、はい」と切り出すのが普通になった。日常会話でも知らない人に「もしもし」と語りかけるのが普通だったが、そういえば最近そんな会話聞いたことがない。こんなことを思い出したのは、昨日の山で「卵焼きほしい?」と訊かれた人が「よんだ」と応えたからだ。「よんだ」というのは「必要だ」という意味の方言だ。久しぶりに聞いた。もう完璧に死語になっている方言だと思っていた。山では腹いっぱいになると「腹おだれなくなる(折れなくなる)」というのが笑いの定番方言だが、それにこれからは「よんだ」が加わりそうだ。方言には少年の頃の記憶が詰まっている。使いたくない言葉もいっぱいあるが、「よんだ」はいいよなあ。

3月11日 10日前ぐらいから夜空に白鳥の鳴く声が聞こえるようになった。広面周辺は北帰行の通り道になっているのだろう、毎年この時期になると夜の散歩の間、鳴き声がかまびすしい。もうそんな季節になったわけだ。気温が何度以上になると自動的に白鳥はシベリアに帰りたくなる本能が動き出して飛び立つ。ときには子を置き去りにしてもシベリア行を優先させる、とものの本に書いていた。そのぐらい強い帰すう本能が備わっていないとロングフライトは無理だ。それにしても今年はちょっと北帰行、早くないかい。昨年の記憶が定かでないが、吹雪で荒れているこの時期に北帰行の声を聴くと、おいおい大丈夫かよ、と「鳥ごと」ながら心配。

3月12日 ここ数週間、ちょっと長いスパンで新聞記者の取材を受けている。そこで自分の先祖のことを聞かれたので、改めて家系図などを調べなおしたりしていて、突然ヘンなことに気がついた。初めて本らしきものを書いた時、すでに本名ではなく「あんばいこう」というペンネームを使っていたのだが、その理由に思い至ったのだ。小さなころから親戚に「安倍家は由緒ある家系で……」といった自慢話を聞かされ、子ども心にもうんざりした。大学に入って秋田市に出てくると、そこでも親戚の「安倍家は云々」攻勢はいっそ激しくなるばかり。家系と自分の人生には何の関係もない、いや関係も持ちたくない、という反発心が募った。若気の至りというやつだ。それがペンネームで仕事をするというインセンティブになったのだ。自分事ながら、そうだったのか、と今頃思い至った。あいかわらず遅いぞ、ジブン。

3月13日 一泊で八戸旅行。帰りの高速道路選択をミスし4時間半かかって帰還。ミスというより「恥ずかしいほどの方向音痴」なのだ。遠隔地から問題なく帰ってこられるほうが珍しい。自分のふがいなさにうんざりするが、毎月5,6回は行くようになった銀行でも、一度で問題なく仕事を済ますことはめったにない。書式を間違えたり、違ったフォームに記載したり、印鑑や通帳が別物だったり、記入数字が判別できず突っ返されたり……。よくもまあこうも間違えられるものだと自分でも呆れる。どちらも一朝一夕には治らないクセ(欠点)とは思いたくないが、自分に何がかけているのか冷静に考えてみる必要がありそうだ。

3月14日 流行りのダイエット法や民間療法的な健康食品に興味はない。胡散臭さが先立ってしまうからだ。テレビ通販の健康サプリ広告はいずれ社会問題になるだろう。で、小生が1年以上実施しているランチ糖質制限(炭水化物をとらない)である。これは自らを実験台にしての報告なので、ちょっぴり信憑性が担保されている。外食で麺や肉やカレーを食べていた習慣を一切やめた。リンゴとカンテンだけのランチを一年以上食べ続けている。体重は10キロ以上落ちた。特筆すべきなのは、午後かならず襲ってきた睡魔がなくなった。夜は熟睡。昼の食べ過ぎが睡魔を呼び込んでいたのだ。それと毎年二,三回は発症していた歯痛がまったくなくなった。もうしばらく歯医者さんに行っていない。身体が軽くなると精神も自由度が増す。これもダイエット効果だ。体力も2年前よりは飛躍的にアップして、山でも疲れを感じる機会が少なくなった。いいことばかり書くとTV誇大広告と同じになるが、ときどき大盛りのどんぶりものを無性に食べたくなる。 今日は九州から食文化研究家の二名の女性が訪ねてきた。
(あ)

No688

サムライ 評伝三船敏郎
(文藝春秋)
松田美智子

 アマゾンから本が届いた日、夜が早く来ないか、待ち遠しかった。夜の散歩もそこそこに9時には寝床に入って読みはじめた。読了したのは夜中の1時半。松田美智子ぐらいになると、もう読者の期待を裏切ることはない。グイグイと読ませる。興味をつなぎとめる技術にもたけている。「黒澤明との愛憎」と大書きされた帯のコピーから、このへんに焦点を当てた本なのかと思って読み進めたが、あまり関係はなかった。さして意味のある内容と深くかかわりのある話題ではなかった。黒澤と三船の間にはさして問題になるような確執はなかった、と本書では解き明かしている。編集者が考えた、売らんかなのコピーにすぎなかったようだ。そういえば『天才 勝新太郎』でもそうだったが、勝と黒澤の確執というのは驚くほどあっさりとした問題で、勝の偉さのほうだけが印象付けられるエピソードだった。その勝と三船は「仕事に対するまじめさ」という共通点がある。2人ともまったく妥協しないから破滅に向かうしかない。本書で強く印象に残ったのは、三船の晩年の孤独に愛人の宗教が深くからんでいる、というあたりだ。その愛人の娘は今もテレビなどで活躍しているが、やはりその背後には宗教団体の影がちらつく。松田優作の元妻である著者は、この作品で完璧にプロのノンフィクションライターとして自分の地位を確立したのかもしれない。

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