Vol.359 07年7月28日 週刊あんばい一本勝負 No.355


映画と昭和30年代と「秋田」

 小説は読んでいないが、伊藤永之介原作『警察日記』のモノクロ映画を観た。若き日の森繁や三國連太郎、森光子らが活躍する昭和20年代の農村人情ものだ。舞台は福島県のとある村、冒頭シーンは婚礼の酒に酔った村人が乗り込んだバスの運転手に酒をすすめるところからはじまる。バスの運転手は恐縮しながら、その酒を飲み、平然と運転する。現代の感覚で観ていると、もうこれだけでぶっ飛ぶが、わずか50年の間に日本人のしぐさや道徳観、価値観はすさまじい速さで変容している。ちなみにこれは昭和30年代の都市部でのことだが、やはり森繁主演の『駅前女将』に仕事をはじめる前に両手にペッ、ペッとつばを吐きかける鮨屋やラーメン屋が出てくる(もちろん批判的視線でカメラはとらえているのだが)。
 昭和20年代から30年代の秋田の風俗や人物を活写した岩田幸助写真集『秋田――昭和三十年(1955)前後』が予想以上に反響を呼んでいる。23日には朝日新聞夕刊に大きな記事が出た。こちらは夕刊がないので読んでいないのだが、それ以前から小舎DMの予約注文は300部近くあったから、これは異常な数といっていい。「昭和30年代」はブームなのだそうだ。そのこととこの写真集の売れ行きが関係あるのか、よくわからないが、上記の映画同様、この50年の間に日本人は何が変わり、何が変わらなかったかを自問自答する「素材」として、たぶんこの写真集は売れているのかもしれない。それはともかく、岩田さんの写真の中で「吹雪の中を馬を引く」写真がある。この写真をご覧になった記憶はありませんか。これは映画『レディー・ジョウカー』の劇場用パンフやポスターに使われていた写真です。かなりの映画好きなら、覚えているかもね。
(あ)
「警察日記」の一場面
写真集と新聞記事
映画「レディー・ジョーカー」のポスターに使われた岩田さんの写真

No.355

文政十一年のスパイ合戦(双葉文庫)
秦新二

 サブタイトルが重要で「検証・謎のシーボルト事件」である。このタイトルが言いか悪いかは別にして、本書は92年文藝春秋から単行本で出て、日本推理作家協会賞を受賞している。著者が無名でありながら、シーボルト財団の理事を勤める人物で、ノンフィクションなのにミステリー小説よりも面白く、なおかつ財団理事の立場とは裏腹にシーボルトにきっちりと批判の目も向けているあたりに、まずは驚いてしまう。謎解きのようなノンフィクションなので内容について深く立ち入ることはできないが、当時の徳川幕府と外国人医師の微妙な関係がくっきり浮かび上がり、そこから描き出される当時の政治の舞台裏は興味深い。特に参勤交代とは異質な「江戸参府」や「薩摩藩の中国との密貿易」は初めて知ることばかりだったが、費やされた紙枚の多さからみても著者がこのあたりに常ならざる力点を置いていることは確かなようだ。シーボルト事件のおきた時代の将軍は第十一代徳川家斉(いえなり・女たらしの将軍として有名)で、この事件の陰の主役といえるのが元薩摩藩主で、当時80歳を超えていた島津重豪(しげひで・将軍家斉の岳父でもある)。この2人が物語の重要な役割を果たしている。いや、もうこれ以上は書けない。それにしても薩摩藩というのは琉球を盾に、好き勝手なことをしている。直接、密貿易した中国の唐薬を富山まで運んで売りさばいていたりするのだから傍若無人そのものである。

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