Vol.197 04年6月12日 週刊あんばい一本勝負 No.193


幻の稲庭うどん

 何年か前、行きつけの居酒屋で、オヤジが自慢げに「ものすごい酒が手に入ったのでのみますか?」と「幻の酒」と大きくラベル印刷された一升ビンを出してきたことがあり、そのあられもなさに酒と同時にオヤジも嫌いになり、以来その店から足が遠のいた。いったい、「幻」といわれるような嗜好品は本当に存在するのだろうか。ひとしきり舎内でカンカンガクガクの議論になったのだが、意外にも身近なところ「幻」はありました。秋田特産といわれる稲庭うどんです。この本家本元、元祖「稲庭吉左衛門」製のうどん食べたことがあるという人は秋田でめったにいません。舎内でもゼロ。かくいう私も湯沢市が県外VIP用に確保してある吉左衛門を一度分けてもらったことがあるのですが、自分で食べるのが怖くて料理屋の友人に「一生もの」みたいな恩の売り方であげてしまいました。
 そこで、いまもこのうどんは本当に入手できないのか、調べてみました。大量生産をかたくなに拒んでいて、昔からの個人や企業の得意先にしか売らないのですから小売店やお土産屋にないのは当然ですが、意外や意外、湯沢市のまったく畑違いのお店で入手できることがわかり、昨日早速買ってきました。まだ怖くて食べていません。食べたらご報告いたしますが、こちらサイドの事情で、売ってるお店の名前はご勘弁ください。
(あ)

これが正真正銘の元祖稲庭うどん

2個のジュラルミンケース

 小舎の事務所は築25年の新しくもそんなに古くも感じないフツーの建物です。どちらかというとコンピュータ類の機器がメーンの冷たい感じのオフィスではなく、昔ながらの木造っぽい雑然さがアットホームな雰囲気を残している事務所です。その事務所にいつもかなり異様な存在感を保っているジュラルミンのアタッシュケースがあります。これだけはかなり日常的な雰囲気から外れていて、事務所にはいってきた人はたいてい、いぶかしげな視線を向けます。このケースは青森の印刷所との毎日の原稿やゲラの運送に使われるものです。毎日、どちらかのケースが青森秋田を行き来しているわけです。こうして2個ある日は事務所がヒマなときです。印刷所が調達してくれたものですが、一目見て安っぽさがわかるところも「変な用途に使われている」いかがわしさがあって、いい味になっています。
(あ)

旅先での喜び

 先週から取材で北東北を回っていますが、取材先では仕事以外にちょっとした楽しみがいくつかあります。居酒屋でその土地の美味しいものを食べること、朝の散歩、そして古い雑貨屋などで土地の生活用具や民芸品を買うことです。今回っているのは岩手県北部と青森県の東部ですが、この土地は藩政時代の盛岡藩・南部領です。廃藩置県から約140年経っていますが、いまだに藩の区別から来る生活習慣、気質、言葉、道具などの違いはいい意味でも悪い意味でも全国各地に残っています。特に面積の広い藩が多かった東北では顕著で、弘前藩の津軽、盛岡藩の南部、秋田、庄内、仙台、会津などで目立ち、その生活用具の違いに興味がわきます。たとえば台所用具ひとつとっても「竹製の大根おろし」、「竹笊」、曲げわっぱのような「めんぱ」などに形の違いが見られます。そのような道具を古い雑貨屋いわゆる荒物屋で見つけるのが楽しいのです。埃をかぶった道具の山の中から見つけたり、店先にぶら下がっている新品から見つけたりしますが、大半は思いがけず安く手に入れることが出来ます。
 今回思わず買ってしまったのは岩手県遠野で見つけた土人形と、盛岡の荒物屋の店先に積まれていたサイカチのさや、八戸では竹笊のおにぎり入れです。サイカチのさやには「サポニン」という成分があり、石鹸のような働きをします。水につけこすると泡が出てきて汚れを落としてくれるわけです。秋田では「シャカジキ」岩手では「シャカジ」などと呼びますが、今でも実際に売られて使われているとは思いませんでした。さすが古いものを大事にする岩手だな、と思いましが、店の人に聞くと、昔から使っているおばあさんのほか、最近では子供のアトピーで悩んでいるお母さんがたの利用も多いそうです。
(鐙)

サイカチのさや。中には大きな種が入っていて250円でした

今週の花

 今週の花は、スプレーバラ、白小菊、シャクヤク。シャクヤクの別名は「えびすぐさ(夷草・恵比寿草)」「カオヨグサ(顔佳草)」など。原産地である中国では、ボタンを「花王」と呼ぶのに対してシャクヤクを「花相(花の宰相)」を呼んだそうです。学名のピオニーの由来はギリシャ神話にあります。医神ピーオンが薬草を用いてあらゆるケガを治し有名になったところ、それを妬んだ他の医神がピーオンを殺してしまいました。ピーオンの死を悼んだ冥界の王が彼を薬草に変え、その薬草をピオニーと呼んだそう。
(富)

No.193

きょうのできごと(河出文庫)
柴崎友香

 同名の映画が話題になり、その宣伝コピー「まったく事件の起きない友人の引越しに集まった数人の男女の物語」に惹かれて映画を観ようと思ったら書店でこの本があった。奥付を見ると今年の3月発売で、カヴァーに映画のスチール写真が使われている。なんだ原作がちゃんとあるのかという落胆と、映画化が決まったことで文庫化されたのだから喜ぶべき、という両方の気持ちが輻輳した。とにかく映画より本だ。面白かったら映画を観にいけばいい。その逆はなし。読んでみて驚いたのは本当に何も事件は起こらない。著者は30歳前後の大阪の若い女性なのだが、解説を書いている作家の保坂和志によれば「異質の書き手なので、読み手自身の力量が問われる」という。ひえぇ、それはかんべんしてくれぇという気分だが、何気ない会話にも妙に生々しい血が流れているような躍動感があり、何もおきなくても退屈せずに読み続けられたのは自分でも不思議である。保坂は柴崎を映画「ストレンジャー・ザン・パラダイス」のジム・ジャームッシュになぞらえている。彼の可能性は確実に著者に受け継がれている、とまで書いている。行定監督の映画より、もう一度「ストレンジャー」を見直してみたくなった。

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