Vol.193 04年5月15日 週刊あんばい一本勝負 No.189


トピックスに川上賢一氏の連載はじまります

 今週からトピックスに「週刊・川上賢一〈新刊ガイド〉」の連載がはじまります。
 川上賢一氏は東京にある「地方・小出版流通センター」社長で、長年出版流通に携わってこられた人です。大手出版社の出版情報はいやになるほど身の回りにあふれていますが、今回の連載はそうした大手情報からは漏れた(知らない)地方や小出版社の〈これから出る本・出たばかりの本〉情報です。これは一部の出版業界紙などにも掲載されているのですが、このたび本人の許可をいただき、特別に小舎HPにも配信していただけることになったものです。乞うご期待。
(あ)

阿仁街道と角館街道を走る

 今週始め、仕事の打ち合わせや撮影で能代市、森吉町、阿仁町、角館町、横手市、湯沢市と県北から県南まで一日で走り回ってきました。秋田市から能代市と帰りの湯沢市から秋田市まで以外は全て国道や県道を使いましたが、最近ではこのように一般道を長距離走ることが少なくなってきたため、久し振りに山道や田んぼの中の道をふんだんに走ったな、と実感しながらの移動でした。森吉町から阿仁町、角館町まで山の中を走る国道105号は、むかしは阿仁街道と呼ばれた道で、毎年行われる「秋田内陸100キロマラソン」のコースにもなっています。取材でよく行く阿仁町側に対して、峠の南にある西木村側を通ったのは2年ぶりでしたが、道沿いにはとんど変化がみられません。それに比べると角館町の変わりようには目を見張ります。この町は数ヶ月行かないと、あれ、と思うほど町の様子が微妙に違っています。「むかしから変わらないのが魅力の町」、というようなことを観光キャンペーンで使っていますが、この町の様変わり度は秋田でも有数です。都会からの観光客が多く活気があるため町が変わるのは当然ですが、そのことを露骨に気づかせないのがこの町の上手なところです。
 角館町から六郷町への県道は通称・角六線と呼ばれていますが、むかしは角館街道ともいっていました。この途中にある太田町、千畑町とも道沿いの光景はほとんど変わっていませんが、隣の六郷町はけっこうな変化を見せています。この町は「清水の里」として観光客に人気があり、角館町ほど規模は大きくありませんが、歴史を感じさせる町並みと町内に60ヶ所以上ある清水が魅力となっています。
 その清水を中心に町の整備を進めているのが功を奏しているようで、明るさが感じられます。こうしてみると秋田のような田舎の県では、観光が与える影響がいかに大きいか良くわかります。急に新しい産業が起きることは考えられないので、これからは今まで以上に、農業や観光、個性ある食を大事にしなければならない時代になるでしょう。
(鐙)

人であふれかえる角館町の武家屋敷前(花見のとき)

北の丸公園と小石川後楽園

 東京の事務所にいるときも散歩はかかさない。コースは毎日変わるのだが、ほぼ定番化しているのが武道館横の北の丸公園。この公園が好きなのはゴミゴミチマチマしていないこと。たぶん公演があったり、土日ともなれば人であふれているのだろうがウィークデーは驚くほど静かで人通りも少ない。靖国神社と武道館、それに皇居という知名度ある場所に囲まれた、ちょっとした隠れ家の趣がある。特に雨の日の寂しい木々、しっとりとした緑のたたずまいは情緒満点で、ここが本当に都心なのか、と驚いてしまう。東京ドーム横にある「小石川後楽園」も都心の隠れ家っぽい穴場で、300円の入園料は取られるが行く価値は十分にある。水戸徳川家の中屋敷として江戸時代初期に造られた庭園だが、木々の緑の合間から高層ビルがニョキニョキ生え出していたり、近所の遊園地からジェットコースターの絶叫が聞こえてくるのはご愛嬌にしても、半日ぐらいこんな場所でマッタリしていたいと思ってしまう安らぎがある。日比谷公園の、人が多く、ゴミゴミと埃っぽく、人工的で狭苦しいイメージとは正反対なのである。この二つの散歩用公園を足すとニューヨークのセントラル・パークによく似ている。広さは及びもつかないが静かでインテリジェンスある雰囲気が似通った錯覚を起こさせているのかもしれない。いいところに住んでるなあ、と公園にいくたびにうれしくなる。
(あ)
北の丸と小石川

今週の花

今週の花は、バラ、スプレーカーネーション、アスター、サンデリー。
 花の名前は、植物分類学が確立する18世紀まで適当に使われていました。美しい花はすべて「バラ」か「ユリ」と呼ばれるというアバウトさだったようです。「旧約聖書」に「シャロンのバラ、谷間のユリ」という一節があります。シャロンはイスラエルにあるシャロン平原のこと。この「シャロンのバラ」が実はチューリップやサフランだという説があります。実際に「シャロンのバラ」と命名されたチューリップがあるくらいです。一方、「谷間のユリ」はスズランのことだとも言われています。「花は、美しければ名前なんてどうでもいい」と考えられていたのでしょうか。
(富)

No.189

ごはんの法則(幻冬舎文庫)
酒井順子

 著者の話題作『負け犬の遠吠え』を読んでから、がぜん彼女の著作に興味がわきあがってきた。インターネット書店で検索すると、刊行されている彼女の文庫本の数はおびただしいのにまずは驚く。とりあえず5,6冊を見繕って自宅のトイレに置いて読んでいるのだが、短いエッセイなので1回の用足しで3,4本は読めてしまうから1冊10日間くらいで読了できる。テーマは些細な出来事やちょいと引っかかる雑事といったことばかりで、ちょっと気にかかることを彼女なりに大上段から「徹底追求」する、というパターン(持ち味)である。胃にもたれることもないし、トイレで考え込んでしまうこともない。大爆笑や抱腹絶倒もしないが、なんとなく納得し、後を引く納豆のような読後感がある。読めばすぐに「あっ、これは女版東海林さだおだ!」とそのおかしさの魅力に気がつく。30代の女性の、とても人には言えない禁断エッセイとオビに謳うわりには、彼女のファンや読者層というのは男、それも40代、50代の男性が多いような気がするのだが、どうだろうか。日常生活にころがっている「こんなことってあるよね」とか「これって私だけの現象?」といった瑣末な身辺雑記を重箱の隅をつつくように、これでもかこれでもかと文章化して何冊も本を書ける技術というのは、まぎれもなく才能である。

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