Vol.829 16年10月29日 週刊あんばい一本勝負 No.821


ビザ痛は少しずつ回復に向かっています

10月22日 貧乏ゆすりは昔から。カタカタやって注意を受けたこと数知れず。でも積極的に治そうと努力したことはない。いや努力すれば治るようなものなのだろうか。二階シャチョー室は一人っきりだ。カタカタやってもだれにも迷惑かけない。貧乏ゆすりが始まると食器棚やテーブルも一緒にカタカタ。これで自省が働く。先日終ったばかりの外壁改修工事で、建物の隅々に補強の「はり」が入った。貧乏ゆすりをしても建物は揺れなくなった。いいことなのだが貧乏ゆすりを止めるきっかけを失ったともいえる。

10月23日 最近暗い話題ばかりで恐縮。明るくて元気の出る発信をしたいのですが、そううまくはいきません、人生は。前向きになれない理由は左ひざの痛み、スクワット後遺症。こやつに日々悲鳴を上げている。続けていた日常の習慣や運動を途中でやめてしまう原因は「風邪」と言った人がいた。体調不良を理由にストレッチや日記、散歩といったルーチンをやめてしまうケースが圧倒的に多いのだそうです。山も1か月以上登ってない。先行きが不安だ。

10月24日 2か月近くに及んだ家と事務所の外壁工事がようやく終了。雨でダメにしたストーブも新しいものに買い替えた。駐車場屋根補修もついでにやってしまい実に気分がいい……工事代金のことを考えなければ。築40年以上の家も事務所も外見は新品ピカピカ、でも中身はくたびれ果てている。でもお化粧するとまだまだ現役を張れそうな気もする。今月は山梨県まで行く用事がある。週末は新そば会やリンゴ園訪問、飲み会などびっしり。肝心の肉体は左ひざ痛という爆弾を抱えたまま。痛みに耐えきれず近所の整骨院に行ったが、「腰や背中が緊張しているから」といつもの理論で患部を見てもくれなかった。もうこの整骨院は卒業だな。

10月25日 今日から山梨県出張。清里フォトアートミュージアムというところへ行くのだが、ここへは東京から4時間余り。「太原治雄写真展」が開かれていて、サブタイトルは「ブラジルの光、家族の風景」。リオにあるモレイラ・サーレスが主催で、ブラジル最大の写真アーカイブ財団だ。これが大原の日本で最後の展示会。今年に入って高知県、伊丹市と回り、清里で作品はリオに帰ってしまう。大原はまったく知られていないブラジル移民のアマチュア写真家。死後、その世界性をもった人間や自然へのまなざしを焼き付けた作品が「外国人」の目で発見され、評価されることになった。展示会には写真だけでなく日記も公開されている。この日記を出版できないか、財団側と交渉してくるのが今回の出張の目的だ。

10月26日 山梨は遠い。常宿の神保町の宿を朝8時に出て新宿へ。ここから「かいじ」で甲府へ。甲府からはローカル線に乗り換え小淵沢まで。小淵沢からは小海線に乗って清里。ここまでたっぷり4時間あまり。さらにタクシーに乗り山の中にある清里フォトアートミュージアムへ。運賃2000円弱。清里開拓の父・ポール・ラッシュもすごいところに町をひらいたもんだ。じっくり大原の作品を見られたのは大収穫だったが肝心の日記資料が展示されていない。ガイドの女性に聞くと「大事なものなのでブラジルに返した」とのこと。あちゃぁ。行きと同じコースをたどり夜9時に仙台までたどり着く。秋田まではとても日帰りは無理。一日中電車の中にいた計算だ。

10月27日 朝起きたら左ひざの調子がいい。歩き出すと少し痛いが3日前よりは痛みが軽減している。完治したら山に行きまくるぞ、と心に誓いながら仙台市内で買いものをし早々と新幹線で帰ってきた。今回の旅は2泊3日だがうまく「本」が当たった。高島俊男『お言葉ですが…』、新刊の津野海太郎『読書と日本人』(岩波新書)、それに佐藤弘夫『死者の花嫁』(幻戯書房)の3冊。みんなそれぞれ面白く退屈しなかった。いい本に当たると電車の中は快楽の個室になる。特に津野さんの新刊はまさにその「日本人はいつからひとりで部屋にこもって本を読むようになったのか」をテーマにした読書論。刺激的な論考だった。

10月28日 日本シリーズを毎回コーフンしながら見ている。ふだん広島も日ハムもあまり目にしないから新鮮なのだ。秋田に住んでいると「野球は巨人」と刷り込まれる。地元球団を持たない田舎の悲しさで巨人の放映しかないから是非もない。衛星放送で他球団のことも知るようになると野球解説者のレヴェルが気になる。巨人(日テレ)系の解説者(桑田・吉村・堀内など)の解説はひどい。特に桑田はちょっと目も当てられない。選手の名前を「君」付けで呼ぶ傲慢さ、何でも少年野球に問題を収れんさせてしまう説教臭い道徳観。解説者としては間違いなく三流だ。戦前から日本では役者と文士と相撲取りと野球選手は「呼び捨てにしても失礼ではない」とされている。そういえば昔、あの掛布も解説者時代に選手を「君」付けで呼んで顰蹙を買っていたなあ。
(あ)

No.821

火宅の人 上下
(新潮文庫)
檀一雄

 久しぶりに小説の魅力を堪能した。愛人との暮らしを綴った豪放な無頼作家の物語だが、昭和20年、30年代のリアルな文学者の行動記録としても読める。過去に何度かチェレンジした本だが当時は退屈で、何度も途中でやめてしまった。いま読むと本当に面白い。高度経済成長期前後の文学者ドキュメンタリーだ。作中人物以外はすべて実名である。当時の文学者の破格の収入や社会的信用、コンプレックスと自負と矜持が、その世相とともに描かれている。文庫で2分冊ある長編だが、海外旅行の記述も少なくない。食通としても有名な作家は当時珍しい海外旅行に「しょっつる」を持ち込んでいる。外国の人に鍋をふるまうためだ。愛人を公の席に同伴し、だれかれ構わずちゃんと紹介する。これが作家のポリシーである。また物語の要諦といってもいい。なんだか既視感がある。15年前に亡くなった出版の師である津軽書房のTさんも同じ振る舞いをしていたのだ。そうか、Tさんは檀一雄を真似ていたのか。Tさんはその昔、東京の出版社で檀の担当編集者をしていたことがあったはずだ。檀さんが愛人とできてしまったのは津軽の太宰の文学碑の除幕式でのこと。その後も本の中に津軽や種差海岸のことが頻繁に出てくる。本書は今年の収穫ベストワン本になるかも。

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