Vol.828 16年10月22日 週刊あんばい一本勝負 No.820


東京・便通・左足ひざ痛

10月15日 久しぶりの山行(焼山)だったが、急きょ大先輩の葬儀のため今日から東京に行くことに。今年は紅葉を見ることなしに秋が過ぎてしまいそうな気配だ。歯痛と便秘を除けば体調はそう悪くない。なんとしても今年初の山の紅葉を味わいたいが、もう時間との戦いだ。外壁工事は細かな作業を来週中に終え、すべてが完了となる。もう20年は大丈夫、とお墨付きをいただいた。今月は東京(山梨)出張が下旬にあるから1か月の間に3回東京を往復する計算だ。でも正直なところ、年々、東京は魅力のない街になっていくばかり。

10月16日 檀一雄の『火宅の人』にはまったせいで東京へも裏面史である沢木耕太郎の『檀』を持ち込んだ。壇の家は石神井にある。その家のことが小説には頻繁に出てくる。でも土地鑑がないので「お茶の水からタクシーで石神井まで帰った」と書かれても距離感がよくわからない。ところが今日の葬儀の会場はその石神井の隣の田無だった。そうかこんなに遠かったのか。岩波ブックセンター会長の柴田信さんは享年86。享年だけならうちのオヤジと同じだが、違うのは死ぬ間際まで現役書店員として神保町で働いていたこと。いろいろとかわいがっていただいたし、奥様とも親しくさせていただいた。ご冥福をお祈りする。

10月17日 東京で宿をとるのが大変だ。九段下の常宿は1泊1万円ぐらいなのだが、今年になって1万5千円台に値上がり。近くに武道館があるから人気コンサートがあるともう部屋はとれない。インバウンドの外人客も多い。東京の街は祭りの縁日のようで落ち着かない。何年ぶりかで神田のやぶそばに入った。「ありがとう〜ぞんじまぁ〜す」という間延びした声に気持ちがストンと落ち着いた。燗酒4本。天たねもかまぼこもあいやきも海苔も昔のまま。有名店なので遠慮していたのだが、美味いものはやっぱり美味い。

10月18日 フランス旅行以来だめだった「便通」が元に戻った。昨夜、東京から帰り事務所で仕事を始めた途端、旅行前の便意の感覚が突然よみがえった。自分でも「あっ元に戻った」という実感があった。朝の定時にちゃんと排便があれば正確な体重が測定できる。その体重の加減でその日の食事(量)を調整する。ちょっと油断でたちまち太ってしまう体質だ。今月後半は飲み会や食事会、出張などが詰まっている。ありがたいお誘いを断る勇気はない。暴飲暴食した後の自己嫌悪には我ながらウンザリだ。腹八分目という幼児でもできそうなことが、なぜ自分にはできないのか。澄み渡った秋の空に大きくため息をつくばかり。

10月19日 わが舎は決算月だった。この時期に年一度、顔をだす税理士事務所のAさんが決算報告に。人並みに税理士に見てもらうようになってから今期で36期目。当初Aさんは別の税理士事務所に勤めていて、独立後の最初の顧客のひとつがうちだった。ということはAさんの会社も36年の歴史を持つわけだ。「みんな年金暮らししてるけど、お互いもう少し頑張りましょね」と声をかけていただいた。真剣に引退も禅譲も退職も考えたことはないし、そんな余裕は、こちらにはない。やり残したこと、やりたいこと、やらなければならないことが「モヤモヤ」と目の前に漂っている。

10月20日 二日連続で散歩を途中リタイア。左足ひざ痛のためだ。海外旅行中も少し痛みはあったが歩けないほどではなかった。帰ってきてからひどくなった。原因は「スクワット」。これ以外考えられない。やる前に山仲間から「ちゃんと指導者をつけないと我流は危険」と何度も注意を受けていた。無視してやり始めたら1日100回ほどを苦も無くできるようになった。これで調子に乗ってしまった。その反動がいま襲ってくるのだから身体の構造はデリケートだ。今日は歯医者に行く日。歯が治りつつあると思ったら膝。厄介な年になった。

10月21日 今日は神無月丙申。旧暦の9月21日で昭和に換算すれば「昭和91年」にあんる。これは日めくりカレンダーからのパクリ。一枚の日めくりにいろんな日本の歴史の地層が詰め込まれている。話は変わるが、七,八年前に読んだ藤原新也の「尾瀬に死す」という短編小説のようなノンフィクションをもう一度読みたくなり、アマゾンで探したら文庫になっていた。余命四か月の妻を尾瀬に連れて行き、そこで妻に死なれ、殺人罪に問われた夫の物語である。最高裁まであらそい判決前日、ある劇的な事実によって夫の無罪が確定する。「事実は小説より奇なり」という言葉をまざまざと思い起こしたノンフィクション作品だった。あの感動をもう一度、と読みだしたのだが、残念ながら初読の感動はなかった。どうしてだろう。時間の積み重ねの中で私自身の感性が微妙に変化してしまったのだろうか。昔感動した本をもう一度今読んでみることで、自分の中の変化を知ることができる、ことを知っただけでも収穫はあった。
(あ)

No.820

伝書鳩
(文春新書)
黒岩比佐子

 北海道新聞から依頼されたむのたけじさんの追悼文を書いているとき、むのさんが「黒岩比佐子って、いいね」と昔言っていたことを思い出した。そこで本書をアマゾンの中古で購入。扉に達筆な自筆サインがあった。献呈名は書いていない。便箋も挟まれていて寄贈先への丁寧な黒岩さんの手紙だった。黒岩さんは若くして亡くなっている。今も健在なら日本のノンフィクションの世界もずいぶん違うものになっていたのではないだろうか。それほど本書は面白かった。子供のころハトを飼っていたので難解な専門的な記述もスイスイ頭に入ってくる。わたしたちガキは地上に降りるハトを「ドバト」と言って軽蔑した。「土鳩」のことだと思ってばかりいたが、本書によれば神社仏閣の堂内にいる「堂バト」が語源のようだ。フランスでハトは御馳走なのにグルメの日本人が食べないのは、この神社仏閣に棲む動物、という信仰が足かせになったという説も新鮮だ。鳩は軍事目的に使われることも多かったが、「往復通信鳩」というのもあった。鳩舎を二か所に設定し、その間を往復するハトがいたのだそうだ。常識では考えられないが、ハトの習性を利用して、往復できるように覚え込ませたのだ。答えを知れば「なるほど」と思うが、自分で考えろと言われると、往復するハトの答えは難しい。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.824 9月17日号  ●vol.825 9月24日号  ●vol.826 10月8日号  ●vol.827 10月15日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ