Vol.827 16年10月15日 週刊あんばい一本勝負 No.819


「火宅の人」は面白い本だった

10月8日 またぞろ村上春樹の名前がメディアを騒がせている。ノーベル文学賞報道だ。医学賞ならラスカー賞、文学ならばカフカ賞というぐあいにノーベル賞をとるための試金石というか前提の賞がある。メディアはその受賞歴から候補者を推測し大騒ぎする。村上春樹がカフカ賞をとったのは06年。もう10年目だ。今年取れなければそろそろ賞味期限切れかもしれない。医学界でもラスカー賞から15年近くになる秋田の遠藤章さんはもう賞味期限が過ぎてしまった。識者の間では数年前から「ポスト村上」の情報も小出しにされている。ドイツ在住の多和田葉子さんがノーベル文学賞候補として急浮上することを予測する人も少なくない。村上につぐ外国での翻訳出版の多い作家だ。れっきとした芥川賞作家だ。村上が賞をとれない最大の理由が「内容が軽すぎる」なのだが、その点、多和田は十分すぎるほど内容が重く物語の世界性もある。

10月9日 海外旅行以来、体調がよくない。熟睡できないのだ。時差ボケの後遺症ぐらいに考えていたが一向に改善の気配なし。歯痛もひどい。これは旅と関係ない気もするが、左足膝にも痛みがある。なんといっても一番ひどいのは便通。毎朝順調に規則正しく出ていたのが出なくなる。これは辛い。毎朝体重を計って体調管理をしている。前日いくらダイエットしても体重が減らない。お腹のあたりがいつもムズムズ。けっきょくイライラしながら1日が終わる。

10月10日 体調が悪い時には家で本を読んでいるのが一番だ。若いころはそうやって家に3日間も閉じこもって本を読んでいた。齢を重ね、読書の時間は減る一方だ。とにかく読みたい本がいっぱいあった。いまは「どうしても読みたい」と思える本がほとんどない。昨日から檀一雄『火宅の人』を読んでいる。過去に何度かチェレンジしたが途中でやめてしまった。今読むと本当に面白い。高度経済成長前後の文学者の裏面ドキュメンタリーとしても読める。作中人物以外はすべて実名だし、当時の文学者の破格の収入や社会的信用、コンプレックスと自負と矜持が、世相とともに鮮やかに描かれている。

10月11日 けっきょく三連休は『火宅の人』上下巻で終わってしまった。久しぶりに小説の魅力を堪能した。愛人との暮らしを綴った豪放な無頼作家の物語だが、昭和20年、30年代の文学者の実録がよくわかる。文庫で2分冊ある長編だが海外の記述も少なくない。食通としても有名な作家は海外旅行に「しょっつる」を持ち込んでいる。外国の人に鍋をふるまうためだ。「いいあんばい」の「あんばい」という言葉も多用する。愛人を公の席に同伴、だれかれ構わずちゃんと紹介する。これが作家のポリシーだ。15年前に亡くなった出版の師である津軽書房のTさんも同じ振る舞いをしていた。そうか、Tさんは檀一雄さんを真似ていたのか。Tさんはその昔、東京の出版社で檀さんの担当編集者をしていたことがあったはず。

10月12日 寒いスね。今日が初ストーブだがうまく着火しない。急きょエアコン暖房に。ストーブが不具合なのは不慮ではなく明らかに人為事故。今夏、豪雨になるとも知らず窓を開けて帰ってしまいストーブが水浸しになった。これが原因だ。そういえば義母を施設に入れた理由も、寒がりのカミさんが起こす弩級ヒステリーも、ストーブが原因だったなあ。今年はいろんなことが身辺に起きて油断していた。早速、灯油配達業者に連絡しメンテナンスのお願い。外壁工事は1か月以上かかり、ようやく終息に向かっている。そうなったら今度はストーブ問題。なんだか安寧の日は遠いなあ。

10月13日 いろんな分野に特化した書店があることは知っていた。ひっそりと取次も通さないで出版社と直取引で商売をしている本屋さんもいる。先日、東京吉原で「遊郭」の書籍を専門に扱う書店さんからお電話をいただいた。うちの『秋田県遊里史』を扱いたいという。もちろん取次を通さない直取引だ。吉原という地名がまだあることに驚いたし、遊郭関連の本だけを扱う書店というコンセプトにもたまげた。こんな書店の存在を知ると、この世もまんざら捨てたものではないとホッコリする。昨夜、東京神保町の岩波ブックセンター会長・柴田信さん死去の報。ご高齢だったが、つい最近、元気な声でお電話をいただいたばかり。ご冥福を。

10月14日 めずらしく昨日はバタバタと忙しい一日。外壁工事も落着し槌音の響かない静かな一日になる予定だったが、午後から来客が立て込んだ。記者や税理士、保険の書き換え、これに重版もの2点が東京の製本所から届くはずだったが、これは1日遅延、助かった。夕5時半からは「和食みなみ」にモモヒキーズ3名を招待して宴席。海外旅行中、留守の出来事に対応してくれた人たちへの感謝の宴だ。この合間に歯医者にも行く。さし歯の炎症がひどく痛みが止まらない。1時間以上の荒療治でどうにか痛みは止まったが、こちらの想いよりも症状は重いようだ。左足膝の調子もいまひとつ。お昼に散歩をしたのに宴会にも徒歩で出向いた。合わせて1万8千歩歩いている。これじゃ治るものも治らないか。調子に乗って酒も呑みすぎた。今日の起床はお昼。たまにはこんな日があってもいいか。
(あ)

No.819

漂うままに島に着き
(朝日新聞出版)
内澤旬子

 38歳で乳がんになり離婚。そして今度は狭い家が嫌になり東京を捨て、小豆島に移り住む。40代の独身イラスト・ライターの地方移住顛末記だ。本書の前に2冊、移住の前日譚となる物語を著者は書いている。『身体のいいなり』と『捨てる女』だ。乳がんと診断されてから、あらふしぎ、彼女はどんどん健やかになっていく。それから身の回りの物たちを大量に処分したい衝動にかられ、その実践記だ。いろんな縁があり小豆島に家を借り、ヤギを飼い(自分で豚を飼って食べる『飼い食い――3匹の豚と私』という著書もある)、東京の出版社から依頼される仕事をこなす島暮らしの日々を綴ったものだ。東京での暮らしに限界を感じ、その狭い居住空間や大都市の閉鎖性に嫌気がさし、バタバタと引っ越しを決める。ヤギのカヨ(この動物へのネーミングだけでも彼女を信用できる)をつれて近所を散策し、狩猟免許をとり、獲物の解体作業もこなす日々だ。この島で彼女も静かに老いていく、ように見えるがそうは問屋が卸さない。「あとがき」でもうこの家を引っ越し、同じ島内に引っ越したことが報告されている。また何かが始まる予感のうちに本書は終わる。ひっぱるなあ内澤さん。

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