Vol.791 16年1月30日 週刊あんばい一本勝負 No.783


毎夜2本の映画を観る日々

1月23日 なんとなく落ち込んでしまったとき、決まって喜劇映画「社長シリーズ」を観る。この映画を観ていると、よし頑張るぞ、と前向きな気持ちになる。なぜなのかよくわからない。森繁、三木のり平、小林桂樹、加藤大介、フランキー堺という常連たちの軽妙で洗練された演技や会話にオジさんは十分癒される。トップレベルの役者の演技に心酔しているだけではない。同じ役者陣が演じる「駅前」シリーズには全く興味がない。舞台設定の好き嫌いなのだだ。鼻たらして野原を駆け回っていた少年時代、同じ日本で、こんなゴージャスでハイカラな暮らしがあった、という驚きが感動につながっている。「駅前」シリーズには「社長」シリーズに出ていない役者が一人いる。伴淳だ。彼のズーズー弁のおかげで「駅前」は観ていても現実的で、こちらのテンションが下がってしまう。映画は夢だ。ずっと夢を見ていたいから何度も「社長」シリーズを観るのかもしれない。

1月24日 日曜日だが出張中に溜まった「山盛り仕事」を片づけている。午後から青空が広がりだした。窓から見える雪と空のコントラストが映画のように美しい。たまらなくなっていつもの駅前コースとは逆の山側コースを歩く。山仲間たちは太平山中岳。この天気に冬山登山はうらやましい。1月は3回山行予定があったが、こちらの都合で全てキャンセル。1か月丸々1度も山に登らなかった。こんな月はこの10年でもなかった。何とか早く山復帰したいが、なにやかや細かなことが妨げている。

1月25日 学生時代にシャチョーになってしまったので、他の仕事のことを知らない。宮仕えもボーナスをもらった経験も上司に怒られたことも、ない。自分の仕事以外の職種に関しては本の中で知ったことがほとんど。昨日、映画のわき役を主人公にした連作短編小説『俳優・亀岡拓次』(戌井昭人)を読んだ。たいした事件は起きないし、わき役の日常も地味で暗い。その辺の日雇い労働者やフリーランスのライターに似ていなくもない。小説を読むときはテーマもさることながら主人公の職業が気になる。劣等感やのぞき見的な興味がある。それにしてもわき役俳優の日常を小説にしてしまう作家の想像力には脱帽だ。この本は映画化もされたし続編も出たらしい。

1月26日 昨日の夕食に食べたものを思い出せないのはアルツハイマーとか健忘症とは関係がない。単なる老化だ。怖いのは食事したこと事態を忘れてしまうこと。これは立派な病気だ。『人間の死に方』(久坂部羊・幻冬舎)は「医者だった父の、多くを望まない最期」というサブタイトルがある新書本。不摂生、不養生の見本のような医療否定主義者の老医師の半生を同居人である息子の医師がドキュメントした本だ。あらすじだけを書くとおもしろそうだが、最後まで読むとなんだか後味の悪さだけが残る、よくわからない本だった。死ぬまで煙草をやめないと豪語していたのに病を患ったとたん禁煙した、といった感じの物語なのだ。これなら私の周りに何人かいる死後献体を決めた人たちのほうがよっぽど潔い。

1月27日 理不尽としか思えない依頼や抗議などの文書をもらうことがある。読者や著者からだ。昔なら色めき立ってきつい言葉で反論。相手を徹底的に論破するために手練手管を尽くした。それが50を超えたあたりから少し変わった。理不尽な相手に対しては刺激しないよう、礼節を持ちながらもやんわりとこちらの正しさを主張しながら反撃する知恵を持つようになった。さらに還暦を過ぎたころから、こちらの正しさなどどうでもよくなり、あっさり非を認め、積極的に低姿勢で、謝ってことを収めてしまう。年の功というか慇懃無礼に近い。問題を後に引きずるのが嫌だから、すぐに土下座してしまうのだ。

1月28日 1月も終わり、あっというまに2月だ。昔から1月2月はひまと相場が決まっているが、ここ数年は2月3月4月あたりが1年で最も忙しい時期になってしまった。出版依頼や企画持ち込みがこの時期に集中する。今年も例外ではない。2月中に3冊の新刊。3月4月に出る予定の編集中の本は4冊。毎日何かしら一つは打ち合わせがある。相手のあることなのでジーパンにセーターではまずい。ブレザーをはおる日々だ。自分自身に緊張感とけじめをつける意味合いもある。誰も怒ってくれないから自分で自分を律する。

1月29日 朝の着替えのたびに「ユニクロはすごい」と思う。5年ほど前にまとめて買った下着類が古びることなく今も現役で役立っているからだ。以前はいろんなメーカーの下着を毎年のように買い替えていた。安くて丈夫で品質がいい、なんていうのは幻想だと信じていた。ユニクロは暮らしに革命を起こしたといっても過言ではない。企業実態だとか労働環境がどうかとか、ブラック企業云々は、とりあえず関係ない。暮らしの中で「革命」という過激な言葉を使って違和感のないのがユニクロだ。同じ肌着を各6着ほど持っているのだが、それを繰り返し5年以上使用しているのだ。もうそろそろ新しいものを買いたい。でもとても捨てる気にはならない。新しい下着を買いたくても一向に古びないから、そんな贅沢なな悩みも生まれてしまう。
(あ)

No.783

里山産業論
(角川新書)
金丸弘美

 著者の代表作である『田舎力』がいまだに話題になり、ロングセラーを続けてい。本書はその「続編」といっていいだろう。サブタイトルは「「食の戦略」が六次産業を超える」。前作よりもさらに大きな視点から食と観光と経済にスポットを当てている。各地の事例を自らの足で歩いて報告しているのが著者の強みだ。さらに少子高齢化、地方格差のなかで、国の政策でもあり各自治体が推進する「地方総合戦略」の、本書はまさにテキストそのものの内容になっている。目次構成もよく考え抜かれている。1章はいまだ少なくないハコもの行政や派手なお祭りイベントなど、将来的な視野と展望に欠けた出来事を痛烈に批判している。2章と3章はいきなりトーンが変わる。著者が現地取材を続けているイタリアとフランスの「食の戦略」の実践事例が地域に継続的な経済を産む事業として紹介されている。この2,3章が刺激的な論考として印象に残る。4章は「食文化を読ませる」で地域文化と経済を結ぶ試みを紹介する。5章は「食文化を仕掛ける」、地域づくりの実践レポートだ。最後の6章もユニークだ。学校給食などの事例から「「食の戦略」が社会保障を変える」。地方性を徹底、明確化することで初めてその地域の個性がうまれ、小さくとも継続的な産業を生み出せる。グローバル化の中でこそローカルが生きるというのが著者の主張だ。

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