Vol.790 16年1月23日 週刊あんばい一本勝負 No.782


山の効用はかりしれず

1月16日 書店に『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』という本が平積みされていた。受験シーズンになると売れ出すのだろう。今日はセンター試験の日。といっても何をするのか、よくわからない。受験にはいい思い出がない。だからこの本に興味はない。小学4年生程度の学力しかない素行不良のビリギャルの成功物語というのはどんな人たちが読んでいるのだろうか。このビリギャルは私立高校出身で親の経経済力もある。慶應の受験科目は「小論文」と「英語」のみで、もちろん本人の努力もすごい。しかし入学後は試練が待っている。日本地図も描けないし、単純計算もできない彼女は授業についていけない。たぶん教養のないまま卒業することになる。学歴ではなく単なる「入学歴」を得ただけだ。この本はビリギャルでも一定期間努力できる、ということを証明しただけだと喝破したのは評論家の佐藤優。なるほど、そういうことか。

1月17日 久しぶりに朝寝。目が覚めるとお昼近くだった。朝から家族それぞれ用事があり「無礼講」の日だ。起床時間も自由だし朝ごはんもなし。昨夜読みだした『ジョブスの料理人』という本が予想以上に面白くてやめられなくなり真夜中まで読み、昼近く目覚めてからもベッドで続きを読む。しばらく日曜登山もご無沙汰で身体もなまり始めている。山に行きたいのだが天候やタイミングが合わない。山に行けないから温泉もない。週一の温泉で身体の隅々まできれいにしているのに、それがないと身体も汚れたままのような気分になる。山なしで温泉だけでも行ってくるか。

1月18日 雪がしんしんと降っている。数日こんな天気が続くと、これからは雪との格闘の日々になる。雪国ネイティブの宿命だ。というのはちょっと大げさか。今週いっぱいは毎日雪が降り続ける予報だ。木曜からは東京出張。電車はちゃんと動くだろうか。仕事の山は先週末ようやく越えた。印刷所との細かな確認や打ち合わせは残っていて、これもけっこう気を遣う。うちは特に印刷所が遠方なので、コミュニケーションに壁がある。いま、3冊の本が印刷所に入り、新しい本2冊を編集中だ。

1月19日 ポストに面白い投げ込み。「包丁研ぎ」の手書きチラシだ。手書きなのに本人のカラー顔写真入り。全体が思いっきりビンボ―くさいチラシだ。なのに顔写真はエリートサラリーマンか国際教養大の学生風の知的で品のある顔立ちの若者だ。このアンバランスがおかしい。出張訪問は無料で手研ぎ1丁500円。「求める品質に応えられないと判断した場合は、研ぎをお引き受けできない場合がございます」というエキスキューズもプロっぽい。名前もケータイ番号も明記しているから真剣なのは間違いない。このスーツにネクタイ姿で端正なメガネをかけた知的青年に何があったのだろうか。包丁研ぎをお願いして彼の人生に何があったのか訊いてみたい。

1月20日 しきりに近所の写真屋さんから電話が来る。「県展」写真部門の締め切りが近づいたので応募をするようにという誘いだ。去年、お遊びで出品した写真がマグレで入選。あくまでシャレのつもりの出品だった。真剣に応募している人たちに失礼なので今後一切応募はしないと決めている。でも世の中そう甘くはない。県の主催する芸術の祭典とはいうものの、関連業者にとっては大事な飯の種。作品を出品するためには写真屋さんに依頼しなければならない。写真屋さんでは会場への搬入・撤去までやってくれる。そのかわり1万円近いお金もかかる仕組みだ。写真屋さんにとっては稼ぎどころなのだ。

1月21日 毎朝、新聞の切り抜きをする。切り抜いた新聞はA4の紙に貼りデスク横に積み上げておく。半年もたつと50センチほどの高さになる。整理して半分ほどに減らし、1年たつと項目ごとに分類し、さらに整理する。切り抜きは増えていくばかりだ。具体的に言えば昨日の新聞(朝日)では、「出版流通の壁」というインタビュー、国際報道の「南米の左派政権衰退」、1ページの通販広告「三陸海のおかずセット」の3本を切り抜いている。広告ページというのは実利的で時代を映す鏡だ。いつか役立つ記事かも。と思いつつも9割は最終的に捨てられる運命にある。でも切り抜く記事を選んでいる行為そのものが自分にとって大切な時間。

1月22日 出張はいつもザック一つだ。昔から両手がふさがれることに恐怖に似た不安がある。だから荷物は最低限のもの(着替えと本)しか持たない。それに最近はマスクと寝間着、マフラーに目薬が旅の必需品になった。2泊ほどの旅に寝間着を持ち歩くのは面倒だが、温度調整がうまくできない旅先では体調管理に欠かせない。旅は楽しいが体調を崩す危険性と常に隣り合わせだ。特に寒暖に対処するのが難しい。過乾燥でノドは痛くなるし、寝汗で風邪のリスクが高くなり、寝不足が体力を奪う。幸いなことに山に登るようになって環境変化への対応がうまくなった。過敏とも思えるほど着るものや環境への対応に柔軟敏感になった。基本は薄着。重ね着をして寒暖に適応する。それは冬山登山で痛いほど実感したことだ。それと旅先のどんな場所でもウンチできるようになった。これも山の効用だ。
(あ)

No.782

夜露死苦現代詩
(ちくま文庫)
都築響一

 この本はよかった。目から鱗の本だ。内容もよかったが、企画そのものとしても秀逸だ。著者をずっと写真家だと思っていたが、実はすべて独学のアマチュア編集者、というのが自称だ。この本は文庫本だが最近出版した『圏外編集者』(朝日新聞出版)で自分の出自をそう語っていた。この最新本も「編集者本」としては無類の面白さ。ますますこの著者にはまりそうだ。しかし、これほど力量のある書き手(写し手)が、文庫本になってようやく多くの人の知るところとなる、というのもちょっと奇異な感じ。これは最初の版元が京都書院というマイナーなところで、そこも倒産、かつ写真集関連の高額な本が多かったため、廉価文庫になって初めて多くの人の目に留まった、というのが真相のようだ。村上春樹のエッセイにも著者の名前はよく登場する。本書は「文壇」や「詩の業界」などと無縁な場所で生き生きと躍動している「直球の言葉」を操る人たちを訪ねた今流現代詩のルポルタージュだ。寝たきり老人の独り言から死刑囚の俳句、エロサイトのコピーから暴走族の特攻服に縫い込まれた文字たち、エミネムのラップの歌詞から相田みつをまで、ストリートという生きた時間の流れる場所で、詩人とは一生呼ばれない人たちが綴った言葉の海を渉猟した、極めて優れた「言葉のルポ」である。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.786 12月26号  ●vol.787 12月31日号  ●vol.788 1月9日号  ●vol.789 1月16日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ