Vol.778 15年10月31日 週刊あんばい一本勝負 No.770


蕎麦会・健康診断・種苗交換会

10月24日 今日の雨は陰湿な感じで気分も滅入る。外に出る気がしないし、仕事に手を付ける気も起きない。何にもやる気が起きない。しょうがなく林真理子『マイストーリー私の物語』を読んで過ごす。自費出版専門の編集者を主人公にした物語で面白かった。小説家の想像力というか物語を作り上げるパワーって尋常じゃない。虚構と現実の境目を読もうとしても、もうなにがなんだがわからないほど、その世界に引きずり込まれてしまう。明日は太平山登山。この天気でだいじょうぶかなあ。明日のための弁当を作り、保管庫を意味もなく片ずけたり無聊をかこっているが、こんな時でも「酒を飲もう」と思わないのはえらい。なんとなく昼酒だけはダメ、という自制が働くのだ。

10月25日 山から下りて温泉にはいっていたらギリシャ彫刻のような贅肉のない美しい身体をした若者たちがドヤドヤ入ってきた。今日の山行は太平山奥岳(宝蔵)コースだったが、彼らは同じ山の前岳コースを走って登る「トレイルラン」の大会に出た若者たち。200名以上の参加がある全国規模のレースだそうだ。それにしても寒い1日。山頂はあられと風で、ずっとふるえていた。あんな環境の中を半袖、短パンで駆け回るのだから普通ではない。ギリシャ彫刻になるのもムベなるかな。風呂の中で彼らの話を興味深く聞いていたら長湯でのぼせてしまった。いつもは烏の行水、こんなに長く湯につかっていたのは生まれて初めてかも。

10月26日 昨日の山(太平山)は記憶に残る「寒さ」だった。途中からあられが降り出し不気味な山鳴りが止まず、「弟子がえり」の岩場では鎖を持つ手が凍傷になるのではと思うほど感覚がなくなった。わずか1000mの低山でもこんな状態だ。8千メートル峰に登る人たちの超人ぶりにひれ伏したくなった。閑話休題。月末の週の幕開け。今週は新刊が1本できてくる。モモヒキーズの恒例新蕎麦会がある。健康診断もあるし、種苗交換会(鹿角市)にも行かなければならない。日曜日(11月1日)は読書の秋にちなんだいろんなイベントが目白押しだ。宴会は少なく見積もって3回。体重増が心配だが、この時期は年1回の特別な期間、大目に見てもらうしかない。

10月27日 散歩をしていると、ちょっとした段差につまずくことが多くなった……ような気がする。「気がする」とアイマイな書き方をしたが、明らかに「つまずき回数」は増えている。山行も同じだ。体力はまだ大丈夫だが靴づれや爪内出血、マメや水ぶくれといった局部のトラブルはしょっちゅう。登山靴が合わないせいと責任転嫁してきたが、どうやらそればかりではなさそうだ。老化で思うように足があがらず、歩き方のバランスが悪くなっている。バランスを崩したまま歩き続けると足のどこかにしわ寄せがいく。新しく買った登山靴はいまのところフィットしていて、下山時に痛み出す足指のどこも痛くない。しかし山でこけなくとも普通の道路でこけているのだから世話はない。

10月28日 中通病院で健康診断。カミさんの東京行きと重なって車がつかえず駅から歩いて行くことに。午後からは新刊のコミックエッセイ『秋田の村に、移住しました。」ができてくる。新入社員は朝から緊張気味。本ができてくると配本やマスコミ献本、HPアップや書店へのファックス同報など、やることがいっぱいある。夕方からはモモヒキーズの仲間たちがSシェフの打った蕎麦を味わう恒例「新蕎麦の会」がシャチョー室である。この準備もけっこう大変だ。新聞連載の締め切りや種苗交換会取材の打ち合わせもペンディングのまま。とりあえずは深呼吸、一つ一つ乗り気っていくしかない。

10月29日 毎年恒例の新蕎麦会。モモヒキーズメンバー8名が参加し4時間があっという間に過ぎた。今日はちょっぴり二日酔いだ。実は昨夜はホストの役割をさぼり最低の準備だけで、あとはひたすら飲食に精魂傾けていた。健診のストレスもあり、かつ少し疲れ気味なのだ。会は片付けも男たちの担当なのだが今回は特別にパスさせてもらった。ひたすら飲み食いに専念。で今朝、シャチョー室にきて目を見張った。「宴会前よりきれいに」のスローガンが見事実践。台所も食器棚もゴミ類もきれいに片づいていた。そうか何年も宴会を続けていると「勝手知ったる他人の家」になるわけだ。ホストの私がいなくても何の問題もなく舎内宴会ができる。そして宴会のたびにシャチョー室はきれいになっていく。

10月30日 鹿角市で開催される種苗交換会。車で2時間半かけ現地でカメラマンと合流、野菜の写真撮影。今つくっている能代のレシピ集に使用するための写真撮影だが、実は今年中にもう1冊、コミックエッセイで「秋田の伝統野菜」(仮題)という本を作る予定。だから野菜のことをいっぱい勉強したい。種苗交換会は大好きな「お祭り」。ほかの県内の有名なお祭りの類に何の興味もないくせに毎年この時期に開かれる種苗交換会には何をさておいてもはせ参じる。子供のころの楽しかった思い出がこのお祭りにはこもっているのだ。子供のころの思い出が、この年になっても甘味な記憶として後頭部に焼き付いて、行動に駆り立てるのだから、教育ってすごい力を持っている。いつか種苗交換会の本を作りたい。
(あ)

No.770

終わった人
(講談社)
内館牧子

 物語の楽しさを初歩から教えてくれる教科書のような面白い小説だ。大手銀行の出世コースから子会社に出向、転籍させられそのまま定年を迎えた男が主人公。この男、岩手出身の東大法学部卒。ここが物語の重要な伏線になる。取り立てて特技もない定年後の男が、生きがいを求め、居場所を探し、あがき続ける物語だ。著者はこの男の「あがき」を描くことで現代の男たちとその時代を描きたかったのだろう。それは見事に成功している。物語はありきたりと言えばありきたりだ。そのありきたりを、ディテールに徹底的にこだわることで、リアリティに変換させたのは、筆者の非凡さだ。定年後のエリートの些細な心の動きを見事に描き切っている。おもわずこの作品を書いたのが女性であることを忘れてしまいそうになるほどだ。主人公の淡い恋心が向けられたカルチェ―センターの若い事務員の女性は秋田出身という設定だ。このへんも自分の勝手知ったる縄張りである。方言の使い方も抜群にうまい。前半は主人公の「まだ俺は成仏していない。どんな仕事でもいいから働きたい」というモチベーションにまかせ、物語は進行する。後半、ある人物との出会いから一挙に彼の運命は別のベクトルに動き出す。「なるほど、やっぱりそこか」と言いたくなる落としどころだが、そこに至るまでのプロセスにリアリティがあるから、ハラハラドキドキを維持しながら読み通すことができる。

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