Vol.699 14年4月12日 週刊あんばい一本勝負 No.692


豆腐のような意志の前で

4月5日 新刊騒動もひと段落、少し余裕が出てきたので大学病院内にあるスタバにコーヒーを買いに出た。「飲む」のではなく「買い」だ。スタバ用魔法瓶(パーソナル・ボトルというらしい)にコーヒーを詰め込んでもらい、仕事をしながら飲む。自分で淹れて飲めばよさそうなものだが、私だってちょっとはカッコつけたい。田舎に住んでいると都会的なものに憧れる。先月末、スタバには寄ったばかり。今回もなにも考えずに病院に入ると、ナント店はもうなかった。スタバが消えている。病院はこのところずっとリフォームが続いている。内部レイアウトもゴチャゴチャでヘンな場所にコンビニができていた。で、スタバは閉店しました、の張り紙。衝撃を受けた。ここへの出店は、病院側の要請でやむなくという噂(新聞記事)だった。客足が伸びなかったのだろうか。大学病院にあるスタバが撤退しなければならない過疎地域に私たちは生きている。地方都市の明るくはない未来に思いめぐらしてしまった。

4月7日 ずっと体調不良だったので、気分転換も兼ね、起死回生の山行は太平山・中岳。前岳までなら雪山ハイクと笑ってすまされるが、中岳となると本格的冬山登山だ。天気予報も外れ、好天で充実した登山になった。ところでヤンキースの田中の試合をBSで見ていて驚いたことがひとつ。大リーガーは試合が終わった後、1時間ほどトレーニングをする、とさりげなく解説者がいっていた。クールダウンやアイシングやストレッチではなく「トレーニング」だ。山行後のストレッチすらほとんどサボっている身としては衝撃的事実だ。アメリカの最新スポーツ生理学は侮れない。これが事実だとすると近いうち日本でもスポーツ後、軽いトレーニングをする慣習が云々されるかも。面倒くさがりの当方としてはストレッチ程度で何とか矛を収めてもらいたい。

4月8日 もう5年以上、記帳していない銀行通帳を解約。といってもどのハンコで契約したかも覚えていない。銀行との面倒な手続きを若い人に頼んだ。こういうとき若者(息子だが)は便利。ありったけのハンコを持って照合してもらい、すんなり解約できた。おまけに新入社員の初任給2カ月分ほどの残金があることが判明。おもわぬ臨時収入である。生きているとたまにはいいこともある。でも今月は何かともの入り。個人的に使う前に会社用に供出させられる必至。新入社員が一人増えただけで、会社はなにかと支出が増大する、というのは計算外だった。この支出に臨時収入はすべて消えてしまいそうだ。ま、あぶく銭の使い道としては妥当なところかも。お金で楽な思いをしたことがない。ヘタにお金にまとわりつかれると不安で仕事が手につかなくなる。泡のようにスッと消えてくれたほうが安心だ。

4月9日 鶴岡市にある「アマゾン民族館(自然館)」は南米アマゾンの民族コレクションとして日本最大規模のものだ。館長の山口吉彦さんとは昔から親交があり、まだ引き受け手のなかったコレクションに埋まった自宅を訪ねたこともあった。その膨大なコレクションを旧朝日村や鶴岡市が借り受け25年前、立派な展示館をつくってくれた。他人事ながらホッとしたことを覚えている。その民族館が3月末で閉館になった、と朝日新聞が報じている。2万点にものぼる貴重なアマゾンの民具や珍品が行き場なしの状態になったわけだ。掛値なしに日本最大のコレクションなのだが、わが日本はこうした文化財を保持する能力すら失いつつある。何ともさびしい文化国家だ。

4月10日 経理をやっているので気がついたのだが、「飲食費」がこの半年で大幅に増えている。理由はいくつかある。学生バイトたちの「従業員茶菓代」が多くなったこと。「制作打ち合わせ」と称する飲食が今年に入って頻繁になったこと、が原因だ。ちょっと前までは外での飲食は「ひとり」が多かった。最近は何人かで連れ立って飲み食いするケースがほとんどだ。その多くを経費で落としているわけだが、金額的には大したはない。心配なのは「食べ過ぎ」のほうだ。日頃節制を心がけているので反動で暴飲暴食してしまい、体重がリバウンドしてしまうほうが恐怖なのだ。毎朝、体重計に乗っては今日一日の節制を誓う。夕食を終え夜の街に散歩に出るとネオンにフラフラ吸い込まれそうになる。目をつぶって誘惑に堪えても、この頃はコンビニで簡単にひとり晩酌用の酒肴が買える。これで事務所に帰って一献、と豆腐のような意思の前に朝の決意はもろくも崩れ去ってしまう。

4月11日 毎週、HP用原稿など、けっこうな量の原稿を書かなければならない。仕事が忙しい時は後回しになり、それが溜まってしまうとトタンの苦しみになる。誰も読まないかもしれないが、とにかく毎週書くと決めた「仕事」だ。もう10年以上続けているのだが、最近はけっこうしんどいなあ、と弱音を吐きそうになる。で、いいことを思い付いた。夜はナイターTV観戦が習慣だ。そのために散歩の時間を早めているほどだ。このナイター、ずっと観ていると必ず眠くなる。そこでTVを観ながらルーチンの原稿を書くことを思い付いた。一石二鳥。お金をいただいたりする原稿ではないから、気分転換のつもりで気楽に書き流す。これのほうがスムースに書き飛ばせ、眠気もなくなるし、おまけに出来もいい。このことがわかってから、あら不思議、原稿書きが苦でなくなった。ナイターさまさまである。ところで大リーガーになった元阪神の藤川球児、今どこで何をしているの?
(あ)

No692

本の逆襲
(朝日出版社)
内沼晋太郎

 カバーも帯も見返しもスリップまでもが同じ紙で作られている。薄黄緑1色のハデジミ本に、まずは度肝を抜かれてしまった。じっくりと本のページをくくっていくと、思わずその本のつくりの巧妙さに「うまいなあ」とうなってしまう。著者の論理の骨子はこうだ。出版業界に未来はない。これは確かだ。しかし本の未来は決して暗くない。いやむしろ明るい。本はインターネットもスマホもSNSもイベントすらも飲み込んで拡張していく。だから明日の本は面白い、というのだ。著者は評論家でない。実際に自分で下北沢の地に「B&B」という書店を経営するオーナーだ。そこを舞台に毎日のようにイベントを開催し書店経営の最前線にいる。この立ち位置が説得力を生んでいる。店ではビールが飲め家具も売っている。と書けばビレッジバンガードじゃん、と反撃されるかもしれないが、ちょっと違う。それは本書を読んでのお楽しみ。著者の肩書は「ブック・コーディネター」で、このへんにも古い業界人たちは胡散臭さを感じるかもしれない。が、少なくとも主張に真摯に耳を傾ける限り、本の保守本流をいく理論だ。本の好きな青年のストレートな発言、という印象が強い。ビールを飲ませるのもイベントを開くのも家具を売るのも目新しい発想ではない。本という概念はすでに流通現場から逸出しした場所で、どんどん拡張を続けている。そのことに気が付かない業界の人たちが「本は売れない」「書店に未来はない」と騒いでいるだけ、という主張は耳が痛いが、まちがってはいない。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.695 3月15日号  ●vol.696 3月22日号  ●vol.697 3月29日号  ●vol.698 4月5日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ