Vol.109 台湾特集号 週刊あんばい一本勝負 No.106


台湾ぶらぶら日記

9月20日(金) 
  9月20日から23日までの4日間、恒例となった海外社員旅行に6人で行って来た。今年の行き先は台湾で、ゲストはカメラマンの小阪さんとライターの永井さん。フランスから戻ったばかりのあんばいと、仕事とぶつかってしまった渡部は留守番組となった。
 出発地が成田空港のため全員で一台の車に乗って高速道路をひた走り、夕方1時間遅れとなったユナイテッド航空機で成田を出発、3日間宿泊する台北のホテル「豪景大酒店(ハオジンダージゥディエン)」に着いたのは夜の11時過ぎだった。
 全員初めての台北の夜、このまま寝るのはもったいないとばかり、さっそく揃って夜の町に繰り出した。少し歩き回るとまもなく「a染玖牛肉麺店」という食堂を発見。台湾で人気の「牛肉麺(ニョウロゥメェン)」の店だが、ほかにもメニューが揃っている。「台湾?酒(ビール)」で乾杯しながら小皿料理をいろいろ頼み、明日からの打ち合わせをする。全員の希望は観光コースやお土産屋を団体で回らされるのはまっぴらご免、自由に歩きたいというのもの。そこで台湾にいるうちのなか2日は完全自由行動にした。一緒になるのは夜の食事だけということで決まりだ。つまみの「皮蛋(ピータン)」がやたらとおいしい。

豪快に火鍋を調理する店の主人
9月21日(土) 
 行きたいところが一致した私と岩城、それに小阪さんの3人は朝食後ホテルから歩いても行ける「龍山寺(ロンシャンスー)」に向かう。このお寺は台湾で最も古い仏教寺院らしい。途中の道すがらには台湾の食の奥深さをこれでもかとばかりに見せてくれる市場がずらり並んでいる。「龍山寺」の次に漢方薬や中華料理の食材問屋がずらりと並ぶ「迪化街(ディホアチェ)」を冷やかしているともうお昼。中心街までタクシーで移動して台湾料理の「青葉餐庁(チンイエツァンテン)」へ。台北を代表する台湾家庭料理の名店らしい。ここで「?肉」(豚の角煮)や「醤蚋肉」(しじみ貝の時雨味噌煮)、「鮑魚粥」(あわびのお粥)、「炸香腸」(台湾風ソーセージ)などの料理10品を「もうこれ以上腹には入りません」というまで食べて飲んで料金は2234元(約7600円)。「えー、台北ってこんなに食い物が安いの」と3人で驚く。 
 市内移動に便利な「台北捷運(TBR)」と言う地下鉄と高架鉄道を組み合わせた電車で「故宮博物院」に向かうと、入口でばったり永井さんと一緒になる。3時間ほどかけて展示品を見学、陶磁器コレクションやチベットの展示品が特に素晴らしい。しかし本来中国本土の文化財で、北京の「故宮博物館」から持ちだした物や、中国が侵略したチベットの文物を台湾で見ることに違和感を覚えた、というのが正直な感想だ。
 朝から歩き続けボロボロに疲れて士林(シーリン)駅前の喫茶店で飲茶やお茶を飲みながらしばしの休憩。日が落ち始めたので夜の台北名物、夜市(イエスー)に向かう。ここ士林夜市は数ある夜市の中でも一番の人気スポットらしい。富山、柴田の女性陣も合流し夜市をうろつく。しかしあまりの人ごみと騒然とした雰囲気で早目に退散、本を読んで目をつけていた居酒屋「九番坑(チョウファンカン)」へ。普通の家の居間と台所を大きくしたような落ち着いたたたずまいの店で、この店は「当たり」。マナガツオのから揚げ餡かけ「五味魚(ウーウェイユイ)」や「東坡肉(トンポーロウ)」のような「封肉(フォンロー)」、極細のごった煮素麺「麺線湯(メンシェンタゥ)」などをつまみに、自家製だという老酒のような酒や招興酒、台湾ビールで何度も乾杯(カンペー)。途中から店の主人、簡さんが一緒に飲み始め何度もポターラ(乾杯して酒を飲み干すこと)、ポターラ。最後は肩を組み皆で台湾の歌の大合唱になる始末だった。
 ここでいったんホテルに戻ったが、昨夜行ったホテル近くにある食堂の女将さんに、今夜も行くと約束していたので岩城と2人で再訪し軽くビールを飲む。
9月22日(日) 
 今日は台北郊外へ出る予定のため七時に朝食。しかしホテルの食事がうまくない。安いツァー客だからこんなもんでいいだろうと適当に作っているのだろう。今日は岩城と2人でTBRに乗って、東シナ海に面した港街の「淡水(タンスェイ)」と「新北投温泉(シンペイトウウンチュェン)」、太平洋側の山村「九?(チョウフェン)」へ行く予定だ。
9月23日(月) 
 淡水はかつてひなびた漁村だったが、スペイン、オランダ、明、さらに日本とさまざまな国に侵略された歴史を持つ港町だ。「紅毛城(ホンマオツン)」というスペイン人が築いた城や旧イギリス領事館などが残っている。この紅毛城周辺は落ち着いた雰囲気だが、駅周辺は観光客目当ての店が多く落ち着かない。早々に新北投温泉に足を向ける。
日本による台湾統治時代に温泉保養地として開発された大規模な温泉郷だ。勢いに任せ温泉郷全体をぶらぶら歩いてみる。どこか秋田の男鹿温泉郷を思わせる雰囲気がある。北投温泉博物館がなかなか良い。90年程前に建てられた美しいレンガづくりの温泉館を博物館にしたものだ。秋田の玉川温泉でも採れる「北投石」という温泉水によって作られるラジウム鉱石の巨大な展示物や、古い大浴場などは見ものだった。

九番坑では何十回と乾杯が続いた
 ここらで軽く昼食でも、と思ったが適当な店が見つからない。面倒なのでチョウフェンに向かうことにする。台北で列車に乗り換え、「自強」と呼ぶ特急列車で台湾島を西から東に横断する。自由席だがうまく座れ車窓からの風景を楽しむことができた。太平洋側の大きな港街「基隆(キールン)」からバスでチョウフェンへ向かうつもりだ。基隆港に大きな船が入港していた。沖縄の石垣島や那覇に向かうフェリーだ。昼食代わりのサンドイッチを食べているうち、チョウフェン方面行きのバスが出てしまったのでタクシーで行くことにする。交渉して300元(約1000円)。ぎゅうぎゅう詰めのバスで1時間近く揺れられることを思うと安いものだ。
 山中にあるチョウフェンは台湾映画「非情城市」のロケ地となった所。映画のシーンを目に浮かべ、静かな旧鉱山町を予想して村に向かったが途中から自動車の渋滞が始まった。いやな予感がしたが案の定着いてみると、観光客で押すな押すなの大混雑。あまりのひどさに5分程いてどこも見ずにタクシーで戻ってきた。はっきり言って行かなければよかった。帰りの列車は「瑞芳(ジンフォン)駅」からにする。瑞芳は静かなたたずまいの田舎町でほっとする。ところが台北行きの列車はものすごい数の乗客だ。周りの人に助けられようやく乗ったが、あふれんばかりの人でドアは閉まらない。結局台北まですし詰め状態で戻った。今の日本ではもう味わえないような面白い経験だった。
 今夜の食事のため待ち合わせ場所の台北の三越デパートに急ぐ。全員遅刻することもなく無事集合。デパートでお土産を買い近くの四川料理の店に入る。ところがここがひどくまずい料理で泣かされた。誰の箸もろくに動かない。どうも日本人観光客目当ての低級な店に入ってしまったようだ。頼んだ料理をほとんど残し、目をつけていたホテル近くの「火鍋屋」に走る。ここが逆に大当たりの店となった。現地の人しか来ない朝までやっているディープな食堂だ。よくある火鍋のように間に仕切りなど入れず、大鍋で大胆に調理して「さあどうぞ、どんどん食ってくれ」という具合。唐辛子たっぷりの付け汁に各自好きな薬味をトッピングして食べる仕組み。これが台湾で一番おいしい料理だった。
三夜連続で近所の食堂に寄り、台湾最後の夜を締めくくる。
 最終日はもう帰るだけ。ホテルで早めの朝食をとり空港に向かう。免税店でお土産を買い飛行機に乗る。機内食は台湾で積み込んだものでおいしくない。早く日本食が食べたいという気持ちがどんどん高まってきた。
 東京で働いている永井さんの奥さんが一緒の車で秋田まで行くので、奥さんの仕事場に近い神田神保町に車を向ける。皆の意見が一致して夕食は蕎麦ということになった。どうせ神保町に行くのだからと、「かんだ 藪そば」と「松屋」の両方に入る。蕎麦屋のはしごだ。老舗の味を堪能して、しみじみと日本に戻った実感がわいてくる。後は秋田に向けて車を走らせるだけだ。
(鐙)

台湾旅行の1日

 台湾旅行三日目は、単独での行動。「るるぶ」のガイドブックを参考に、台北近郊の鶯歌、三峡、大峡といったところを巡ることにして、ホテルからタクシーで台北駅へ。列車の時刻表を見ようとして、時計を忘れてきたことに気がついた。ホテルに戻るのも面倒なので、安い時計を買うことにする。しかし、9時前なので食べもの屋以外の店はまだ開いていない。しかも目的地の鶯歌に停車する列車は意外に少なくて、10時過ぎまでない。ちょっともったいない時間を駅で過ごし、開店と同時に395元の腕時計を買い、切符を買って縦貫線下りの普通列車に乗った。車内はそれほど混んでいなくて、ゆっくり座ることができた。列車が発車して間もなく、通路の向かい側の営業マン風の青年が、駅弁かあるいはコンビニ弁当なのか、早速食べ始めた。フタを開けたときのおかずの匂いが、かなり強烈に漂ってきたので、思わず頭がクラッとしてしまった。
 鶯歌駅から5分くらいで、台湾で最大の陶器の町と言われている陶瓷老街に着く。陶器屋さんが延々と建ち並ぶ石畳の通りは、いかにも台湾らしい雰囲気のきれいな街並だ。もっと埃っぽくて、くすんだような古い街を想像していたので少しがっかりした。このあと、大渓とか三峡に行っても、それほど期待できそうもない気がしてきて、別の場所に移動することに決めた。ガイドブックによると、烏来とか陽明山も良さそうだが、今からでは時間的に無理なので、簡単に行けそうな淡水に行くことにした。一旦鶯歌駅に戻り、台北行きの列車を待つことに。ホームには意外と多くの乗客がいた。そこに入って来た上りの列車は満員で、さらに人々が無理矢理乗り込もうとするので、デッキまで人があふれる有り様。私は乗るのをあきらめ、列車はそのまんま、ドアも閉まらない状態で発車していった。間もなくやってきた普通電車で台北まで行き、駅の2階の食堂街で遅い昼食(ナントカ麺)を食べ、MRTの乗り場へ。ところがMRTの駅を探すのに時間がかかってしまい、終点の淡水に着いたのはもう4時頃になっていたかもしれない。駅を出て川岸の方へ歩いていった。休日で、しかも中秋節ということもあるのか、かなりの人出である。食い物の屋台の並ぶ海岸通りを少しづつ歩いて行く。家族連れや、カップルが多い。所々の場所では5〜6組のカップルがほぼ同じ距離をおいて川のほうを眺めている。さらに行くと、遊覧船の乗り場があり、長い行列をつくって乗船を待っている。船は頻繁に出入りして乗客をいっぱい乗せてアッという間に去っていった。夕方が近く、曇っていて、その上もやがかかっているので対岸はかすんで、河口の方は白々としてよく見えない。河口の向こう側は東シナ海なのだが、遊覧船はどこまで行っているのだろう。消えては現れ、現れては消える遊覧船。それでも行列はいつまでも続いていた。
 晴れて夕陽が見られればよかったのに、と思いながらも、もやにかすんで白々とした風景がかえって淡水という地名にふさわしいように思えた。
 この先をずっと行けば、昔、スペイン人が作ったと言う城があるらしいが、もう引きかえさないと7時の待ち合わせ時間に間に合わなくなる。ともかく、この一日は短かった。
(小阪)
淡水の風景

謝謝IN台湾

 今年の社員旅行は、9月20日から23日まで台湾へ行ってきました。
 3泊4日の短い日程でしたが、今回はこの旅を充実するために、現地の添乗員の方には飛行機からホテルまで案内してもらい、免税店回りの団体観光案内を断り、すべて自由行動にしてもらいました。
 次の日の朝早く起きていざ行動開始です。駅に着いたら台北駅はあまりにも広く、路線も多いため地図を見ても分からず、リュックを背負った地元の高校生に片言の英語でたずねました。彼は見事な英語で一所懸命教えてくれ、これにはさらに面食らってしまいました。謝謝してそちらへ向かいましたがまた迷ってしまい、今度は大学生風の人に同じ質問をするとついて来いと言われ、ようやく目的の電車に乗ることができまた謝謝です。
 今度は遠出をしようと別の路線の切符を買うことにしましたが、切符用の自販機はコインしか使えないので、両替機に100元札を入れてみました。しかしコインが出てきません。たちまち後ろに列ができ、変わりに私はアブラ汗が出てきます。これを見た女の子が駅員を連れてきてくれてようやく両替完了。

淡水で道をたずねる
 電車の出発時間も近づきあわてて切符自販機へ向かいました。お金を入れましたがボタンが4つもあり、すべて台湾漢字なのでこれまたボーゼン。すると私の肩越しにひょいと手がのびてボタンを押してくれました。振り返ると後ろに並んでいたおばさんが微笑みながら、「だいじょうぶ。」と日本語で・・・。
 淡水にある紅毛城を見学に行ったとき、電車はどうにかクリアし、淡水駅から目的地まではバスを初めて利用しました。しかしバスの中には案内板もなく車内放送もないので、右前に座っている地元のおじさんにこのバスでいいのか尋ねました。するとツカツカ運転手さんの方に歩いて行き、私たちの目的地にバスが着いたら必ず降ろしてくれるよう頼んでくれました。この人も見事な英語です。今回は私にも英語が分かり、目的地に着いておじさんに思わず「ありがとうございました」と手をふってしまいました。
 こんな謝謝が連続する台湾でしたが、到着日の夜にごはんを食べた食堂が安くてうまくて、女主人がやさしいので三日間ハシゴしてしまいました。最後の夜は夕食を食べた後に行ったため、ここのうまいピータンは一切れ残してしまいましたが、お菓子のおみやげをもらってしまいました。もちろん謝謝です。
 今回は短い旅でしたが、やさしい人たちに恵まれ、また行ってみたいという印象が残りました。これからバナナは、台湾バナナに決めました。
(岩)

舎員旅行in台湾

 今回の台湾旅行で一番印象に残ったのは、子供みたい…と笑われてしまいそうなのですが、「台北市立動物園」です。最初は、「日本とは違う動物が見られるかも…」という軽い期待で行ったのですが、動物の種類よりも、動物園の規模に驚きました。山の斜面にあるということもあって、動物たちがいるところには小山や滝、沼などがあり、日本では考えられないくらい広いスペースがとられていました。それぞれの動物のコーナーは複雑な形をして入り組んでいて、ところどころに東屋や、岩の間から中を覗けるような穴があり、そこから動物を見るのです。動物たちは思い思いの場所でくつろいだり、餌を食べたり、遊んだりしているので、東屋があって動物のプレートと説明書きがあっても、動物の姿が見えないことも多いのですが、ずっと歩いていくとどこかで見つけることができます。動物を見ている時間よりも歩いている時間の方がずっと長いような感じがしましたが、動物たちの姿は、今までに見たどこの動物園よりも自然でのびのびしていたと思います。熱帯の動物、砂漠にいる珍獣など、珍しい動物もたくさん見ることができました。
 動物園であまり長い時間を過ごしてしまったため、その日のスケジュールはとても過密になってしまったのですが、夕暮れ時に行った「烏来(ウーライ)」という場所も、とても魅力的でした。山あいのくねくねした道を40分ほどバスに乗って行くので、秘境ムードは満点。山の中にある小さな町で、川辺に温泉が湧き、山奥の方には滝や、先住民の暮らしや踊りを見ることができる文化村などがあります。着いた時間が遅く、山奥へ行くトロッコが終わってしまっていたのがとても残念でした。一部の店を除けば観光地的な俗っぽさはあまりなく、川原には、ゆっくりとお湯につかる人、テントを張ってバーベキューを楽しんでいる家族、川遊びをする子供たちなど、オフを楽しむ台湾の人たちがたくさんいました。
 2日間台湾の台北付近を見てまわって、驚いたことが2つあります。ひとつは、3人乗り原付バイクです。日本では2人乗りも違反なのに、向うで2人乗りは当たり前、お父さんとお母さんの間に子供をはさんで3人乗り、目にした中で最高人数はお父さん、お母さん、子供、赤ちゃんの4人乗りです。はたから見るとハラハラするくらい危険に思えるのに、乗っている人たちはすっかりくつろいで気持ちよさそうに煙草をふかしていたりするから、なおさら驚きです。
 もうひとつは、犬が多いことです。市場に行けば道のあちこちにごろんと寝転がっているし、買い物に来たお母さんは犬を抱いたまま店に入り、買い物をしていました。食べ物を扱っていても、犬の出入りを禁止しているところはないようです。原付バイクに3人乗りプラス犬1匹なんていう光景も見ました。
 とにかく、にぎやかで活気があって、日本よりもおおらか、というのが、私の台湾に対する印象です。
(柴)

珍しい動物(動物園)

自分専用の露天風呂
を作る人たち(烏来)

台湾ではスクーターの3人乗りはあたりまえ

故宮博物院と歴史博物館

 今回の台湾旅行で、私の個人的な最大の目玉は故宮博物院でした。台北到着の翌日、勢い込んで出かけましたが、見物客が多く目当ての展示物に近付けないことが何度かありました。お昼前後になると見物客が減り、ようやくゆっくり見学することができましたが、あまりの広さと展示数の多さに、だんだん疲れてきました。その上、最後にじっくり見ようと思っていた一番の目当ての仏像の部屋は閉鎖していたため、ガッカリした気分で故宮を後にしなければなりませんでした。
 翌日は、故宮博物院での落胆を少しでも取り戻そうと、中正紀念堂近くにある国立歴史博物館に向かいました。一階には石仏、二階は唐三彩の展示室や現代の芸術家の作品、三階は古代の青銅器から近代の美術品までを年代順に並べた常設展になっていて、故宮博物院とは違う雰囲気。入館料は故宮博物院の5分の1、展示室の広さも故宮博物院の半分くらいですが、展示資料は同じくらい印象に残りました。特に前日見られなかったジャンルをたっぷり見られたことが、何より魅力的でした。
 また、この博物館の隣りにある植物園はとにかく広くて迷うこと確実です。椰子の木やガジュマルの並木道でペットボトルの砂糖入りウーロン茶を飲むと台湾気分を満喫できるのでお薦めです。
(富)
故宮博物院と歴史博物館のチケット

私にとって台湾といえば、何より台湾映画

 私にとって台湾といえば、何より台湾映画。候考賢(ホウ・シャオシェン)の「恋々風塵」「悲情城市」、エドワード・ヤン(楊徳昌)の「ヤンヤン夏の想い出」などは大好きな映画だ。これらの映画にロケ地として登場する台北やその近郊の風景や人のたたずまいがなぜか懐かしく、親しみを覚えるので、行く前から台湾ははじめて訪ねる場所じゃないような気がしていた。
 「悲情城市」は、大陸を追われ台湾に逃げ込んできた国民党(外省人)が台湾人(内省人)を弾圧し、2万人を超す犠牲者を出したいわゆる「2.28事件」を扱った映画だが、情感たっぷりに描かれた九?(ジーフェン)という鉱山街の風景がとりわけ印象的だった。というわけで、旅行3日目に台北から列車とバスを乗り継いでジーフェンに行ってみた。山の急斜面に階段状に連なる街は以前住んだことのある長崎に似ているが、メーンストリートは南北に走る一本の石段で、規模はずっと小さい。その石段の両側には、レストランや喫茶店が軒を連ね、観光客がぞろぞろ歩いている。脇道に入るとそこは食堂、市場、みやげ物屋、床屋などがひしめきあい、ものすごい人の群れ。あーあ、「悲情城市」のあのジーフェンはどこに……。一時はすっかりさびれ、人々から忘れ去られていた静かな街は、映画のヒットで台湾の原宿(?)といわれる一大観光地になっていたのでした。それでも、今は廃墟となった映画館に「恋々風塵」の看板が飾ってあったのには、候考賢ファンの私には嬉しかった。

「恋々風塵」の看板がかかる
廃館の映画館(ジーフェン)
 ジーフェンを予定より早く切り上げて時間ができたので、思い切って東部の温泉町・蘇澳(スーアオ)へ行ってみることにした。実は台湾は日本に負けず劣らずの温泉国で、その数100カ所以上。日本の統治時代に開発されたものも多いが、3年前の1999年には「台湾温泉観光年」として官民あげて温泉地の開発が進められた。今は露天風呂ブームとかで、本屋の旅行ガイドのコーナーには、ズバリ「秘湯!」というガイドブックが並んでいるほど(秘湯ということばはもちろん日本からの輸入)。
 蘇澳は台北から特急列車で2時間ちょっと。途中、太平洋の海原や、宣欄平野の田園風景に心洗われる思い。この懐かしさの感情はどこから湧き上がってくるのだろう。台北の夜市の喧噪より、車窓のアジア的田園風景に心動かされるのは、トシのせいなのかな。
 蘇澳駅から歩いて3分のところに温泉公園があった。温泉といっても、ここは台湾で唯一の冷泉で、それも非常に珍しい21℃の炭酸冷泉。公園内には冷泉の湧き出る石造りの露天風呂(冷泉浴地)があり、水着の老若男女が思い思いに湯浴み(といえるのか?)をしていた。
 台湾では見知らぬ人に裸を見られるのを好まないので、露天風呂は水着着用が原則。また、大きな湯舟に大勢で入るという文化もないので、公衆浴場は各個室にひとり用の浴槽が並んだ構造が一般的だ。蘇澳の温泉公園にも露天風呂のほかに冷泉浴室があったので、早速はいってみた。2畳ほどの個室に玉砂利を敷いたレンガ造りの浴槽がひとつ。21℃なのでその冷たいこと。がまんして身を沈めると全身に気泡がつく。あがってみるとあら不思議、身体が火照ってる。公園内の屋台で魚のすり身団子と風呂あがりの台湾ビール。ウーン、満足、満足。しかし、いいことばかりは続かない。帰りの列車は身動きができないほどの超満員で、デッキと連結器の上で立ちっぱなしのまま、台北まで2時間揺られるはめになってしまった。でも、旅から帰った今、不思議なことにこの満員列車が異国での旅の印象深い思い出として刻まれている。それは、一緒に列車に乗っていた台湾の人々が、おだやかで親切だったからだろうか。台北も大都市ではあるが、高密度の割には柔らかでぎすぎすしていない。ホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンの映画から受ける印象そのままに。

プールのような蘇澳の露天風呂
 蛇足として。深夜、3晩続けてホテル近くのディープな食堂(ここの女主人は好人物でしたね)に通い続けた岩城、鐙、両氏の体力と胃袋、それと柴田嬢のケチケチ精神の行動力には驚嘆しました。
 それにしても、無明舎の今年の社内旅行が台湾らしいと聞いて、連れてってくれないかなあ、などと密かに希みを抱いていたら、本当にそれが実現してしまうとは! いつも原稿が遅れて迷惑をかけっぱなしのこの私を旅行の一員に加えてくださった安倍さんに、謝、謝!!
(永井)

No.106

謝罪します(文藝春秋)
八尾恵

 10数年前、北朝鮮を訪れて「よど号」のメンバーに会った。その時点で彼らに日本人妻や子供がいて不自由なく暮らしている、と思ってもみず、私は日本の香りのする食料や文具、お土産品をすべて彼らにあげてきた。いい気なものである。不可解だったのはリーダーの田宮氏がヨーロッパ旅行中で不在といわれたことで、自由にヨーロッパを中心に外国旅行をしていることにその時は奇異な感じをもった。高沢皓司著『宿命』はそんな彼らが北朝鮮のスパイとして教育されている事実を暴いて圧巻だったが、彼らの日常生活がどのようなものか踏み込んでおらず少々不満が残った。本書はその陥穽を見事に埋めている。溜飲が下がったというよりもマインドコントロールの怖さが生々しく印象に残る本である。私のところに毎月のように送られてくる『お元気ですか』という「よど号」グループの通信には、毎号のように八尾さんや高沢氏への批判が載っているが、ほとんど説得力はない。彼らは例えていえば「日本社会の右翼の街宣車」のような存在ではないだろうか。もちろん彼らにそういった認識は皆無だろうが、帰国すれば「そのような人間同様に扱われる」ことは知っておいたほうが良いと思う。

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