Vol.1080 21年9月11日 週刊あんばい一本勝負 No.1072

物語が羽ばたくのは「縛り」があるから

9月4日 曇天、いつ振り出すかわからない空模様だ。でも山行だ。近くの高岳山だが、この10日間ほどの筋トレがどのくらい身についているかを試すいい機会。まあそれよりも雨が降らないといいなあ。ギリギリで持ちそうだけど、天気予報はテレビ局によって微妙に違っている。ではいってきます。

9月5日 カード会社から「外国で買い物しましたか?」という電話。外国にいってないので使用はあり得ない。不正使用寸前でカード会社が異変に気付きチェックしてくれたのだ。会社用と個人用の2枚のカードを持っているが今回不正使用がチェックされたのは個人用。海外では会社名義のカードを使うことはない。不正の金額はいずれも1万円から3万円。この「せこさ」も気になるが、カード会社のチェックの目をのがれるための金額なのだろう。

9月6日 友人たちの配偶者の訃報が続いている。今日の地方紙死亡欄には中学時代の恩師の訃報も載っていた。享年90、こちらは逆に「まだご存命だったんだ」という驚き。自分の中学時代の先生というのが「時間の壁の重さ」になっていて、私と20歳しか違わないことに逆に驚いてしまった。音楽の先生だったが、音痴なので音楽は全教科でも一番嫌いな学科だった。でもそれだから逆に強く印象に残っている。ご冥福をお祈りしたい。

9月7日 すばらしい青空だったので布団を干した。フカフカの太陽の熱のこもった布団で寝るのは気持ちがいい。今日は庭の剪定作業だ。これはプロの職人さんに来てもらう年1回の恒例行事。若い庭師たちが朝からキビキビと機械音を響かせながら事務所周りを走り回っている光景も気分のいいものだ。仕事はヒマ、日常生活はそこそこ充実。夜に読む本もあたりが多い。橋本治の名著『桃尻語訳 枕草子』の上巻読了。まだ中下巻が残っている。この本は過去に何度かチャレンジしてザセツしている。今回は最後まで行けそうだ。平安時代のわかりにくい位階や朝廷用語を、いちいち解説しながら訳が進むからわかりやすい。当時の内裏の生活様式や慣習、言語をギャル口調で解読しながら読むという読書体験はなんだか不思議な体験をしている気分にもなる。

9月8日 キラキラネームに規制をかける問題が法制審に諮問されたという。確かに高校野球のメンバー名などみると絶対に読めないなあ、というキラキラネームがいっぱいだ。とにかく夢や翔や美ばっかし。アニメの主人公がそんなに偉いのか。先日、山仲間の新人が「旧姓が恥ずかしくて、結婚してホッとした」という話を切り出した。旧姓を訊くと、さして変哲のないちょっとだけ珍しい名字。でも昔の田舎のバカなガキたちには徹底的にイジメられたそうだ。この話からもう一人が、仕事場で名字の違う兄弟に会った話をし出した。元の名字が「悪虫」だそうだ。それがいやで兄弟それぞれ妻側の名前に替えたのだそうだ。自分の息子に「王子様」という名前を付ける母親がいるのだそうだ。名前は地名や出自、家格などと濃密に関わっているからやっかいだ。

9月9日 仕事がひまなときは、身体を動かしたり、料理に没頭したり、靴を磨いたり、包丁を研いだり……。何もしないでいると落ち込んでしまう。本はダメだ。寝てしまうからだ。靴は登山靴もあるから5,6足は磨く。泥を落とし、皮革油を塗り、乾かして終了。包丁も家と事務所用で5,6本は研ぐ。でも砥石の水が粘りっけが出るまで砥ぎ続ける根気がない。だから切れ味はいつも中途半端で不完全燃焼だ。運動はもっぱら散歩とストレッチ、スクワットと腹筋、リーフライズ。やるとやらないのとでは精神的に随分違う。今日も雨。外には出られそうにない。ジャージャー麺のタレでも作るか。

9月10日 「孤独のグルメ」の久住昌之は好きな作家だが、その女性版が現れた。原田ひ香だ。小説「ランチ酒」ではバツイチ、アラサー、職業は「見守り屋」の女主人公が様々な事情を抱える客からの依頼で人やペットなど寝ずの番で見守る。彼女の唯一の贅沢は夜勤明けの晩酌ならぬランチ酒。そして別れた夫の元で暮らす愛娘の幸せを祈りながら束の間、ランチと酒に癒される。「孤独のグルメ」は、輸入雑貨商を個人で営む主人公が商談後ふらりと入った店でご飯を食べる。独身で、酒が呑めないという「縛り」がうまく効いている。「ランチ酒」のほうの縛りはバツイチで子持ち、元夫側に親権をとられている30代の女で、深夜勤務というのがミソ。仕事のいかがわしさと酒を呑む時間が昼しかない縛りがよく効いている。物語を羽ばたかせるには制約(縛り)が必要なのだ。
(あ)

No.1072

本屋に行くといってウルグアイの競馬場に行った
(波書房)
鍛冶真起

 鍛冶真起さんが亡くなった。69歳なので年下だ。年下の友人の死はずっしりとこたえる。鍛冶さんはパズル制作会社「ニコリ」の創業者で世界的に大ヒットした「数独」の名付け親である。何度か一緒にお酒を呑んだが、何もかも自分とは正反対のキャラクターで、そのお互いの「違い」が面白く、2000年代頃から交友が続いた。私が競馬をしたことがない、といったら翌週、大井競馬場に連れて行ってくれた。調子に乗って、銀座の高級クラブも行きたい、と甘えたら、それもすぐに実現してくれた。一緒にニューヨークの国際ブックフェア―にも行ったし(彼はラスベガスで途中下車、会場には最終日にやってきた)、秋田新幹線が開通した折は、その記念パズルをつくるため来秋。2泊3日で秋田を案内した。ちょうど横手市に競馬のサテライトできたばかりで、彼は新幹線よりもサテライトが気に入り、やはり途中下車して入り浸った。こちらもパズルには興味ないので仕事の話をすることはなかった。彼の死去のニュースの後、図書館で借りて本書を再読した。出版当時の97年に読んでいるのだが、あらためて今読むと、「そうだったのか」と思うところが随所にあった。なにはともあれ自分の知らない世界をたくさん教えてもらった「頼りになる後輩」だった。ありがとう鍛冶さん。安らかにお眠りください。

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