Vol.906 18年4月28日 週刊あんばい一本勝負 No.898


ブルーライトが悪いのかもしれない

4月21日 少し忙しくなるとアタフタする小心者なので、そんな時は極力、ほかのことを考えて、気を紛らわせる。一番いいのは料理だ。考えて、調べて、作って、食べて、喜んでもらえる。ひとつのことでこれだけ多くの所作や感情、欲望を満足させてくれる行為はそうない。カモ鍋が成功したので今日はローストビーフ。牛モモ肉の塊を昨日買っておいた。フライパンで肉を焼き、オーブンではなく湯煎して作るやつだ。結果は甘くない。やっぱり大失敗。次は絶対ミスしない。

4月22日 水沢山は八峰町峰浜地区にある800mの山。今日登るコースは登山道はない。登山道のない800m峰に登るというのも無茶な話だが、登りはじめた途端、後悔した。30度近い斜面のヤブを漕ぎながら延々と2時間登り続けたが、山頂に着かない。ストックなぞなんの役に立たない、とんでもない山だった。下山後は、峰浜に家のあるY女子の農園や養蜂を見学。生まれて初めてキウイの木を見た。夜はカミさんの妹が来秋、千秋公園の花見を兼ね中華料理屋で食事。歩いて家まで帰ったが水沢山の影響で両足が痙攣して引くついていた。

4月23日 水沢山の筋肉痛をこらえながら朝一番の新幹線で大宮へ。ある人物にお会いして仕事を終え、帰ってきた。正確には仙台で途中下車し夕食を食べ直帰した。さすがこの年になると日帰り埼玉はきつい。今週は毎日外に出かける用事が目白押し。体調を壊せば元も子もない。しっかり栄養補給して体調管理をするしかない。

4月24日 バタバタうる日々だが、そんななか南木佳士『小屋を燃す』(文藝春秋)が心にしみるほどよかった。あわただしく粗雑な日常のなかにサラサラとした穏やかな風が吹き抜けたようだ。ふさいだ気持ちを前向きにしてくれる力が小説にはある。大きく深呼吸して、この風を吸い込むと、身体がしゃんとして精気が戻ってくる。4遍の中編からなる作品集だが「四股を踏む」という作品が特に輝いていた。定番の病院や自身の病気に関するテーマを少し離れ、近所の気の置けない先輩隣人たちとの交流を描いたものだ。地に足がつく、という意味を教えてくれる作品だ。最近、新聞で南木氏の本名が「霜田哲夫」であることを知った。本書にも4カ所ほど「霜」という言葉が出てくる。そのたびに思わずニヤリと勝手に反応してしまった。

4月25日 年に数回、刈和野にある「ギャラリーゆう」で作家の塩野さんや杜氏の森谷君、こうじ屋今野さんらと集まって、見事な庭を愛でながら一献傾ける会を続けている。昨夜はこの春の会。なによりもギャラリーの軽部夫妻のホスピタリティがぴかいちで、いつも帰りの電車の時間を忘れるほど。お酒が飲めるということだけで舞い上がる年齢ではない。飲み会は何かしら理由をつけて断ったり、遠慮する機会のほうが多くなった。でもこの会だけは特別。

4月26日 ずっと目の調子が悪い。日常生活に支障はない。年だから白内障かぐらいの軽い気持ちなのだが、どうしてここ1ヵ月ほどで急にこんな具合になったのか、そこの説明がつかない。たまたまSシェフが「ブルーライト」を遮断するメガネを作った、という話をしていたのを聞き、思い当たった。ブルーライトは紫外線などと同じく網膜の奥にまで到達する強い光。スマホやパソコンから発せられるもので、このところずっと原稿書きでパソコンとにらめっこの日々が1ヵ月以上続いていた。そうか、おれもブルーライトかも。症状を調べ始めたら、ほとんど合致する。

4月27日 本を出す仕事を「見よう見まねで」はじめてから45年。もうちょっとで半世紀だ。誰からも学んだり修業したわけではない「無手勝流」だが、実は一度もこの仕事が自分の天職だ、と思ったことがない。これまで千冊を超える本を編集してきた。でもこれだから本づくりはやめられない、という甘美な満足感を抱いたことはない。反省と自己嫌悪と苛立ちの日々だ。いまも自分にはもっと適した仕事があったのではないだろうか、とクヨクヨする日々を送っている。女々しい限りだ。誰にとっても天職などない、と開き直ることもできるのだが、別の仕事への願望は体の奥深くに巣くったままだ。 
(あ)

No.898

伴走者
(講談社)
浅生鴨

 もうすぐパラリンピックが始まる、というタイミングで読んだ。さらに仕事でも全盲の作家の小説集を刊行準備中だったこともあり、かなり感情移入して読んだ。ちなみに、その全盲の作家とのやり取りはメールで大丈夫だ。ほとんど不自由はないのだからパソコンが障がい者の暮らしに果たす役割は小さくない。本書は視覚障害を持ったアスリート(マラソンとアルペンスキー)を描いたもので、そのリアリティに圧倒される。目が見えないのにマラソンを2時間30分台で走り、前を滑る伴走者の「声」を頼りに時速100キロで斜面をスキーで滑り降りる。どう考えても自分的にはあり得ない世界。この障がい者アスリートと伴走者の物語を描き切った力作だが、著者は元NHKのディレクターだそうだ。これだけリアリティがあるというのは番組制作で実際に現場で徹底的に取材した成果なのだろう。他人のために勝利を目指す、という視座からのスポーツ小説でもある。TVの前のパラ観戦もいいが、この本を読むとパラリンピックが100倍おもしろくなること請け合いだ。

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