Vol.902 18年3月31日 週刊あんばい一本勝負 No.894


面白い本を遠ざけたい

3月24日 TVなどで食事のシーンでは合掌しながら「いただきます」と言って食べ始める。グルメ番組でも合掌は定番のようだ。あなたも食事前に合掌してますか? 私は一度もしたことがない。私の周辺でも合掌する人はめったにいない。これは秋田だからだ。いや東北の人たちはほぼ合掌しない。宗教的な事情が理由だ。要するに浄土真宗の強い地域では合掌するし、秋田や岩手のような曹洞宗の強い地域は合掌しない。青森県は浄土真宗が強いので東北では例外的に合掌派が結構いる。食事前に「いただきます」ということじたい、ごく最近の風習だ。学校給食がその始まりだ。ある人に「合掌しないのは非礼でしょうか」と訊かれたが、まったくそんなことはない。心の中で誰かに感謝して食べればいい。

3月25日 「東成瀬村」の原稿はスムーズに進行中で逆に怖い。進めば進むほど、こんなんでいいのかなあ、と不安も募る。書けないよりは殴り書きでも前に進むほうがいい。後から推敲できるし書き直も自由だ。締め切りもないし、ダメなら出さなければいい。とはいいながらも原稿は締め切りがあり制約があるからこそ、いいものができるのも事実。ダメなら捨てればいい、といった心構えでは先も知れたもの。それでも前に進むしかない。拙くても自分の正直な「あがき」を活字に定着させておきたい。午後からは町内会引継ぎとご苦労サン宴会。

3月26日 高校野球が始まるとリズムが狂う。朝のFMクラッシクの時間が中断されるから。午前中はずっとFMラジオを聴きながら仕事をする。昼近くの「邦楽」までBGMとしてクラッシック以外でもうるさくなければOKだ。浄瑠璃も民謡も大丈夫。先日観たETV特集「二百年の芸をつなぐ―江戸浄瑠璃清元」は面白かった。7代延寿太夫が後継者に次男の歌舞伎役者・尾上右近を指名し、右近が栄寿太夫を襲名するまでの1年間を追ったドキュメントだ。

3月27日 一日の大半を「東成瀬」の原稿書き。このペースがもう2,3週間続いてくれればゴールも見える。果たしてそううまくいくものだろうか。懸念の一つは、突然面白い本に出合うこと。その危険は身近にゴゴロ転がっている。昨日さっそく『小保方晴子日記』(中央公論社)。書名も装丁もレヴェルが高い。このシンプルな書名は編集者にとってけっこう勇気あるチョイスだ。一晩で一気に読んでしまうか、今はぐっと我慢するか。巻末の著者近影写真を見ると騒動の時よりもずっときれいになっている。スキージャンプの高梨選手と同じだ。就眠前1時間だけ読むことにした。例の事件直後の逃亡日記だが、あまりに苦し気で、死の淵をさまよう孤独感がビンビンこちらに伝染し、胸が苦しくなる。五分の一だけ読む。

3月28日 けっきょく『小保方晴子日記』を読了。読後感のいい本ではもちろんないが、後半は少し元気になって小説を書いたり、瀬戸内寂聴との交流を楽しんでいる。理研や早稲田、ハーバードやマスコミはむろん弁護士や担当医師までを疑い、嫌ったりできるのは彼女の性格だろう。あれだけの騒動を起こした張本人なのに、その責任や自覚が薄いのでは、という批判はこの本でも当然出てくるだろう。巻末の写真がきれいだと昨日書いたが、よく見たら「撮影・篠山紀信」。う〜ん。彼女の立場になったら、どうするだろうかとも考えてみた。100パーセント海外移住しかない。幸いにもブラジルにいっぱい友人がいる。彼女も最終的には海外に研究職を見つけるのが一番の幸せかも。

3月29日 周りの友人たちから「大学院に進んだ」「博士課程の試験に受かった」という報告が続く。中高年になってからの「学びなおし」がブームなのだろうか。大学中退というか除籍処分になった身としては「大学でちゃんと勉強してみたい」というのは胸の奥にくすぶり続けている「憧れ」だ。昔、内館牧子さんから頂いた名刺の肩書は「東北大学相撲部監督」だったのには笑ったが、そういえば彼女も東北大学大学院で学びなおしをしている。

3月30日 デブなタレントが劇的にマッチョな肉体美に変身するCMで有名になったライザップ(トレーニングジム経営)が出版部門へ積極的な参入を図っている。かなり不気味なニュースだ。ライザップのあのCM自体がすでに健康食品同様の「あぶない」もの。金を儲けたほうが正義、というアメリカ流ビジネスが主流になるなか、この手の是非が論じられることもなくなったしまった。経営の苦しい出版社を買収し、その版元の上質なイメージを利用して自社商品購入に誘導する。古典的なビジネスと言えなくもない。インチキ商品で大儲けをし岩波書店を買収して企業イメージの帳尻を合わせる。こういった新興の会社がひょいひょい出てくる可能性は日々高まっている。
(あ)

No.894

上を向いてアルコール
(ミシマ社)
小田嶋隆

 「大腿骨頭壊死」という病名は美空ひばりの死因として知っていたが、「ようするにアル中の別名です」と本書に書いてある。そうか美空ひばりの死因はアル中だったのか。切れ味抜群のコラムニスト・小田嶋隆が、自らの「元アル中」体験を語った本。さすが小田嶋、普通の体験談でお茶は濁さない。文体から行くと長期インタビューを編集者がまとめ、本人が加筆したものの体裁をとっている。そのへんは額面通りに受け取っていいのか、どこにも書いていないのでわからない。とにかく書名がいい。近年の本では私的に3本の指に入る題名だ。内容とも見事合致しているし全体のかもす文章のリズムにもぴったりだ。これも編集者が付けたのだろうか。いや著者本人でなければ無理だよなあ。これまでのアル中本とは一味も二味も違う。「インテリなのでアル中から立ち直れた」と書いている正直さは著者でなければなかなか言えない。インテリというのは自分の人生を自分で「立案」できる人のこと。アルコールなしの人生を習慣としてでなく頭で考える計画的、人工的な企画能力で乗り越えることができた。なるほど説得力がある。

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