Vol.1305 2025年1月3日 週刊あんばい一本勝負 No.1297

今年も、よろしくお願いします

12月27日 内館牧子さんが亡くなった。その前日、会津若松で歴史春秋社を立ち上げたAさんの訃報を聞いたばかり。このごろ身近な人の訃報がなかったので、そろそろ誰かが来るなあ、と不謹慎にも考えていた矢先だった。一番心配だったのは長野の郷土出版の創業者Tさんだ。彼は同い年だが病弱で、いつ訃報が来てもおかしくない状態だった。「ところで長野のTさんは健在ですか?」と知人に訊くと、この10月にもう亡くなっていたというではないか。やっぱり……。私のようなものにも少しは霊感が働くのか、なんとなくTさんの死を予想というか、そろそろ訃報が来そうだと身構えていた。3人の訃報が同時期に押しかけ、またちょっと頭の整理ができないが、ご冥福をお祈りするばかり。

12月28日 お正月中は仕事場で映画を観て、原稿をコツコツ書いて過ごす予定だ。外に出たいとも思わないし、酒を飲んで騒ぎたいとも思わない。1日でもっとも好きなのは散歩の時間だったのだが、冬の雪道を歩く散歩はかなりの覚悟がいる。この頃は、お昼のランチメニューを考えるのが楽しみだ。少しずつレパートリーも広がって、最近はかなり手間暇のかかる料理も仕込めるようになった。朝起きて、今日の昼は何を食べようか(作ろうか)と考えるのが楽しい。今日はその前に、散らかりっぱなしになった冷蔵庫の中を整理しなくては。。

12月29日 家も事務所も年末だから大掃除という習慣はない。気が向いたときに各自勝手に「大掃除」をしている。だから年末だけ改まってやる必要がない。年をとるとモノを買う機会もめっきり少なくなる。日頃から簡単な掃除は欠かさない。でも今日は仕事場の台所まわりを片付ける予定。昼を仕事場で食べるようになって、本当に台所まわりは大活躍、お世話になっている大切な場所だ。あまり使わない台所用品は思い切って捨て、半分ほどにスリムにして、使いやすい台所まわりにしたい。

12月30日 雨の中、散歩を済ませ、仕事場で映画「どですかでん」。黒澤明初のカラー映画で、描かれた戦後日本の「貧しさ」は、自分の初年時代の記憶と重なる部分も多かった。昭和20年代の、あの残酷といっていい貧しさを目の前に突き付けられ、酸素が足らなくなり息苦しくなった。テレビを付けたらNHKで「ロマネ・コンティ」の番組をやっていた。1本数百万円する世界最高のワインを、「いったい日本の誰が飲んでいるのか」をテーマにした番組だった。これもまた金持ち日本の残酷な断面をあらわにしたもので、「どですかでん」の世界と真逆ながら、同じような感慨を覚えた。ふた昔ほど前、関西の料理人たちとフランスに「ロマネのぶどう畑」を見学に行ったことがあった。そこで収穫の終わった畑に落ちているブドウを拾って、食べたことがある。今は禁止されている行為だが、昔は畑に落ちているブドウは法的には拾ってもOKだった時代だ。食べたブドウはむちゃくちゃ甘かった。当時でもロマネは一本100万円ほどの値段で、とても手の届くワインではなかった。拾ったブドウを喜んで食べていた自分が「どですかでん」の登場人物たちと重なった。

12月31日 大晦日。静かに雪が降り、ときおり強い風の音が聴こえる。晦日ということでカレンダーを新しいものに替え、玄関にしめ飾りを付け、手帳も新しいものにする。夜に食べる年越しそばの「つゆ」を作るのも私の仕事だ。いろんなことがあった365日だったが、とりあえず終わった。来年もヨタヨタ、アワアワ、どこで倒れるかわからないが歩いていく。なにはともあれ、今年もどうにか生き延びた。来年もよろしく。

1月1日 明けましておめでとうございます。吹雪の中、真っ白な新年を迎えました。静かな夜の町を散歩したのですが、しめ飾りをしている家がほとんどありません。びっくりしましたが、たしか去年も同じような印象を持ち、ここに書きましたね。私のところは数年前、小さな、少し値の張る、いいしめ飾りを買い、毎年それを使いまわしです。今年もよろしくお願い申し上げます。

1月2日 大晦日からお正月にかけては「大雪」になった。正月中はずっと田辺聖子と藤沢周平のエッセイを読むことに決めた。あえて普段読まない本を選んでみた。映画は森繁の「社長シリーズ」を見直している。もう何回目になるだろうか。シリーズ全体で20本以上あるので全部を見直すのは無理だが、60年代初頭ものと70年代前後の作品を見比べて、ひとり楽しんでいる。わずか10年ほどの時間差なのだが、画質はもちろん、舞台の社長室の豪華さやモダンさが10年でまるで変わってしまうのが面白い。田舎で何も知らずに鼻を垂らしていた自分と、同じ日本の東京の最前線のサラリーマン生活が、まるで別世界だったことに観るたびに驚嘆し、泣きたくなる。日本は間違いなく2つあったのだ。スーツの着こなし、高級クラブの華やかさ、女性たちの美しさ、飛行機や外車にビル群……肥桶の匂う雪国で、隣の町内は異国のような世界観の中で暮らしていた少年には「スターウォーズ」と同じ別世界だ。役者たちも粋で、知的で、開明的で、その洗練された演技に、ただただため息が出る。

(あ)

No.1297

地図を燃やす
路上の視野V(文春文庫)
沢木耕太郎
 読む本がなくなった時、ほぼ必ずと言っていいほど書棚から沢木の文庫を引っ張り出して読みだす。一度ならず読んでいる本だが、幸いなことにほとんど覚えていない。何か所か強烈なエピソード遭遇して、はじめて、あっ、これ前読んだなと気づく。自分と同じ年代なので彼が書いた70代や80代の文章を読むと、まったく古びておらず、20代や30代でこんな原稿を軽々と書いていた豊かな才能にため息が出る。本書で印象に残ったのは高倉健に関するエッセイだ。高倉健はある女性紙のインタビューに、よどみなく「世界で一番好きな場所は」と訊かれて、「ハワイ」と答えている。理由が何となくわかるような気がする。自分もそう答えるに違いないからだ、と沢木は書く。「土曜の夜」について書いた文章も印象深い。「土曜の夜」が待ち遠しかったのは高校の時期が最後だった。小中高も1週間は「土曜の夜」のためにあった。それは、夜も昼もなく、終わらなければいつまでも長い一日が続く仕事を選んでしまったため、「土曜の夜」の輝きは失われてしまった。なのに「日曜の夜」の暗さだけはまだわずかに残っている。毎日が日曜のような生活を送っているのにもかかわらず、「日曜の夜」になると少年時代と変わらぬ妙に物悲しい気分が沸き起こってくる。わかるなあ。

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