Vol.1304 2025年12月27日 週刊あんばい一本勝負 No.1296

雪の夜の散歩は危険だ

12月21日 日本のサッカーが世界レベルになって海外でも注目されているが、Jリーグができたころ、確かヴェルディ川崎の選手たちがまるでスターのようにもてはやされたことがあった。勘違いした彼らはファッションや髪形、バラエティのテレビ出演に夢中になり芸能人さながらだった。日本がこのところ急に強くなったのは、試合後にディスコで酒を飲み、遊びまくる、といった当時の彼らの「悪癖」を反面教師にして練習、休養、栄養を自己管理できるようになったことが大きい、と元日本代表監督の岡田武史が沢木耕太郎のとの対談で語っていた。

12月22日 今年もどうやらハタハタは絶望的なようだ。50年以上も前の話だが、学生時代、ハタハタを捨てるアルバイトをしたことがあった。そのころの状況を確認したいこともあり当時の(昭和40年代)ハタハタ漁を書いた資料を探していたら吉村昭に「ハタハタ」という短編小説があった。この当時は、獲れたハタハタを浜の近くにある貯蔵庫で箱に詰め、その場で商人たちに売り渡していた。漁が始まって1週間は高値が続きひと箱千円を超す。ひと箱には200尾のハタハタが入っていて、それが1週間もたたないうちにひと箱は200円前後まで落ちる。そうなると1尾が一円、箱代のほうが高くつくから捨てるしかない。吉村の小説のテーマは漁そのものではなく、日本海の寒村に残る伝承的、民話的な世界に翻弄される家族の物語を描くことだ。漁師たちの言い伝えの縁起担ぎに利用されながら、遭難死した肉親をもつ一家が次第に漁村の共同社会から締め出されていく残酷な過程が描かれている。いっけん強固で暖かく見える共同社会と伝承伝統の中に潜む非情さを、リアリステックに抉り出している。

12月23日 夜中に胃液がこみあげてきて寝付けない。前日に食べた天ぷらそばの「天ぷら」が犯人だ。スーパーで買ったものを数日間放置してから食べたのだ。手許にあった正露丸を飲んだら不快な胃液はすぐに消え去った。どんな成分が効き目をもたらすのか、科学的な根拠はよくわからないが、海外旅行に行くときはかならず正露丸を持っていく、というのはこの効き目からだろう。納得だ。

12月24日 奥田英朗の長編小3部作を読了。次に「沢木耕太郎セッションズ」全4巻(岩波書店)という対談集を読みだした。このT巻目の映画評論家・淀川長治との対談が面白くて2度読みしてしまった。淀川は沢木がどんな人物なのか、ほとんど知らない。これが面白い。淀川は沢木に毒舌を浴びせまくる。あなたは幼稚で意地悪で坊ちゃん。ハイクラスで、私をバカにして、残酷な男……と、まあ一方的に決めつけて、いいたい放題。それが嫌味にもひがみにもなっていない。逆に淀川の誠実さや真剣さすら感じさせるのが不思議だ。沢木のほうもそんな淀川に、めげることなく真正面から向き合っている。途中であきらめて試合放棄をしないだけでも強靭な精神力だ。人間の器がこちらとはまるで違うのだろう。こんな面白い対談を読んだのは初めてだ

12月25日 カミさんが健診で胃カメラと大腸検査をしてきた。検査中のことをまったく覚えていない、というのは全身麻酔をかけて検査したためだ。10年程前、どうしても胃カメラを飲む必要が出て、1週間前からウジウジ悩み続けたことがあった。そのころイスラエルでカプセル状の飲む胃カメラが開発され、実証実験中の記事が出た。早く一般化しないか、祈るような気持ちになったことを覚えている。麻酔をすれば胃カメラも大腸検査も知らないうちに済んでしまう。ちっとも怖くない道理だ。それがもう秋田の一般病院で行われているというのは、朗報である。ちょっと診察費用は高いらしいが、そのぐらいは我慢しよう。あの胃カメラだけは、何度やってもなじめない。

12月26日 夜の散歩はいよいよ危険になってきた。横断歩道の路上標識(白泉)が雪で消えるため、歩道に気づかず突っ込んでくるドライバーが後を絶たないのだ。コンビニ駐車場から歩道へ一気にバックしてくる車にも、何度か轢かれそうになった。私は轢かれやすい体質なのだろうか。人並みに動作も機敏だし(と思っている)、注意力や視力、聴覚とも異常はないのだが、車との相性がとにかく悪いのだ。着る服が黒っぽいものが多いのも問題なのかもしれない。そのため腕に目立つウォーキングライトを巻いているのだが、このライトもある程度の明度のある場所ではほとんど役に立たない。昨夜は無謀運転のドライバーの顔をしっかり確かめようと、車の中を覗き込んだが、無人だ……と一瞬おもったが、犯人は小柄なおばちゃん、顔がフロントガラスからちょっとしか出ていないので無人に見えてしまった。これではバックの視界を確保するのにも難儀する。シートの高さを工夫して、充分な視界を確保するやり方はないのだろうか。雪の季節は、できるだけ明るいうちに散歩するしかない。

(あ)

No.1296

これで古典がよくわかる
(ちくま文庫)
橋本治
 鎌倉時代の終わりになると「漢字+ひらがな」という「普通の日本語の文章」がやっと登場する。「徒然草」や「平家物語」などだ。漢字と平仮名のドッキングは「教養ある大人が平気で漫画を読む」ようなものだったという。鎌倉時代は武士の時代だが、京都の王朝文化は健在で、政治政権が鎌倉に移ったので何にもすることがなかった。遣唐使もやめ、中国の影響もなくなり、十二単衣はじめ国風文か生まれる。貴族というのは官僚の国家公務員だ。その暢気なサラリーマン生活が崩れ、武士の時代がやってきて、彼らに勝てるのは「文化」のみ。源実朝は「すすんだ都会にあこがれる田舎の中小企業社長の息子」なのだ。光源氏は「須磨」に身を隠すが、京都以外は文化がない僻地だからだ。平安時代につくられた「都が一番偉い」史観のせいで、その考えが明治時代にもう一度復活した。新しい近代日本は平安時代の衣装を着て出てきたのである。「田舎者」というのはこうした王朝文化を全身に浴びた京都の貴族が、関東の武士たちを指してバカにするための言葉だったのだ。ひとつの言葉の時代を背負った意味の深さを思い知らされる。兼好法師が「徒然草」を書くのは、鴨長明が「漢字+カタカナ」で「方丈記」書いた100年後。方丈記は「今昔物語集」の100年後で、「今昔」は平仮名だけの「源氏物語」の100年後、というのも驚きだ。

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