Vol.1297 2025年11月8日 週刊あんばい一本勝負 No.1289

メール不通がこれほど辛いとは……

11月1日 湯沢市で開催中の種苗交換会に行ってきた。初日で金曜日のせいか人出はまばら、お目当ての農協婦人部食堂も終わっていてガックリ。農文協や家の光の本の販売ブースも20年前の五分の一以下の規模、買いたい本はなかった。帰りに寄った十文字道の駅は、往年の種苗交換会のような賑わいで皮肉な光景だった。大曲のサイゼリアには990円でステーキが新メニューに加わっていた。さっそく注文すると……まずかった。サイゼリアで裏切られたのは初めてだ。

11月2日 私たちホモ・サピエンスはその昔、ネアンデルタール人との生存競争に勝ち、それによって彼らは滅亡した、と学んだのだが、そうではなかった。その適者生存、弱肉強食の論理は広く国策や戦争正当化の理由にも使われたわけだが、2022年にノーベル生理学・医学賞を獲ったべーボ博士の研究で、ネアンデルタール人のDNA配列を解読し、ホモ・サピエンスのDNAのなかにネアンデルタール人との混血の痕跡を見つけたのだ。両者には思っている以上に平和的な共生があったことがわかったわけだ。私たちの俗流ダーウィニズムはあっさりと否定されることになった。自然淘汰も適者生存の結果論に過ぎないということなのだ。昔学んだ「常識」をどこまで信じていいのだろうか。

11月3日 メールの復活はいまだならず、途方に暮れたまま。せっかくアイデアが降りてきたブラジル紀行の構成が、宙に浮いたままぶら下がっている。ネット環境は問題ないので原稿作業はできるのだが、ネットが動かないというのはなんだか不気味で、パソコンの中に不機嫌な生き物がうごめいて、手の込んだ悪さを仕掛けてきそうな気がする。外は雨続き。おまけにいたるところにクマがうじゃうじゃ。おちおち外にも出られない。

11月4日 電話で連絡を取りながらメールの修復を待つっている。メールへの依存度というのは、いまさらながら大きい。11月からはじまる予定だった新聞連載は新年に延期になりそう。家の脱衣所のリフォーム工事も今日からはじまる。新しく作ったクレジットカードが、ハッカー被害の可能性があり、もう一度作り直すことに。

11月5日 メールが復旧した。近所のコンビニは昨日からドアが自動から手動に切り替わっていた。訳が分からずガラスのドアをノックしていたら、なかの客に笑われてしまった。クマ対策だそうだ。地元の魁新報紙での連載が月2回、今月12日から開始の予定。新年からと言ったり来週からと言ったり、開始日がふらついているのは新聞社側の事情で、私の事情ではない。夜はメルヴィル『白鯨』(角川文庫)を読みだした。いきなり主人公イシュメールが銛手のクィークェグと宿屋で「同床」するところから物語が始まる。なんだかワクワクする。この上下巻1000ページの長編をちゃんと読み通せるだろうか。トーマス・マン『魔の山』に引き続き「後期高齢者、外国長編文学に挑戦する」シリーズの第2弾である。

11月6日 もう後期高齢者を通り越したが、薬漬けは逃れている。逆流性食道炎のものを1日1錠服むだけだ。散歩や山歩き以外、運動はしていない。気を付けているのは尿酸値。昔から痛風持ちだった。ここ数年で尿酸値を基準値以下まで自力で下げ、痛風とは無縁になったのが唯一の自慢だ。血圧が高いのと血液ドロドロは未解決。予防として知人から教えてもらった足ツボ踏みとタオル絞り健康法を続けている。普段から血圧測定をしないので、その効果のほどはわからない。数値は日々の仕事に影響を与える。小心者には残酷だ。意識しているのは水分だけ。毎日1,5リットル以上の水分をとる。これでテキメンに頻尿に。朝50ccの黒酢と、昼、茶碗一杯の自家製ヨーグルトを欠かさない。今年に入ってノンアルになった。健康のためではなく、なんとなく酒を飲む気が起きなくなったからだ。友人と会うときは楽しく酒を飲む。いつまでこんな状態をキープできるのだろうか。

11月7日 近所にあったタクシープール(駐車場)が復活した。前のタクシー会社が倒産、新しい会社がその場を受け継いだようだ。さっそく電話を入れると、すぐ来てくれた。ドライバーは話好きな人で湯沢市出身の方。昔、赤帽の運転手をしていて湯沢市民会館で観客のいない会場で一人カラオケをする矢沢永吉を見た、というのが自慢のようで、熱弁をふるってくれた。この話はホラ話ではなく本当である。実は私も関係者から実際に聞いたことのある有名な話なのだ。矢沢は全国ツアーに出る前、バンドとの音合わせというか、観客サイドに音がどのように聴こえるのかチェックするため、ツアー前に数千人の観客の入る音響設備のいい湯沢市民会館を借り切って音合わせをする。そこから全国ツアーに出るのが慣例なのだそうだ。音響機器を積んだ、はでなロゴ入りの巨大トラック移動なので、「あれ、矢沢が来ているの?」とすぐわかり、数人だがファンが集まっていたという。この日は2時間ほどリハーサルをして、秋ノ宮の道の駅で昼ご飯を食べ、矢沢一行は全国ツアーへと旅立っていったという。

(あ)

No.1289

珍品堂主人
(中公文庫)
井伏鱒二
 当時はベストセラーになり映画にもなった作品だというが、こちらに予備知識はゼロ。著者の本を読むこと自体、初めてなのだ。評判の芳しくない骨董屋が、いよいよ食えなくなり転身、高級料理屋の経営に関わる。そこもうまくいかず追い出されてしまう、というだけの物語なのだが、骨董屋同士の丁々発止のだましあいが面白い。物語の3分の2は骨董以外の料亭経営の顛末に割かれている。文庫の巻末解説の代わりに白洲正子の「珍品堂主人 秦秀雄」というエッセイが転載されている。これがめっぽう面白い。この骨董屋珍品堂には実在のモデルがいた。そのモデル・秦秀雄のまわりには文士の小林秀雄や青山二郎がいて、料理屋は北大路魯山人の星ヶ岡茶寮を連想させる。主人公は戦後まもなく千駄ヶ谷に「梅茶屋」という、文士のたまり場の料理屋をオープンさせ大繁盛させている。「名人は危うきに遊ぶ」という言葉がある。真物の中の真物は、ときに贋物と見紛うほど危うい魅力がある。正札つきの真物より、贋物かもしれない美のほうが、どれほど人を引き付けるか。「贋物を買えないような人間に、骨董なんかわかるものか」というのが秦の口癖だったそうだ。

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