Vol.1276 2025年6月14日 週刊あんばい一本勝負 No.1268

「おしっこの海」で泳ぐ勇気がない

6月7日 絶好のフトン干し日和。いつもは部屋干しているマットレスも外干しする。何十年ぶり。布団カバー類などはまとめてコイン・ランドリーへ。天気はいいが風も強い。屋根の布団が飛んでないか、しょっちゅう事務所からチェックの必要がある。昨日は理髪店で髪を切ってきた。2時間半かかった。丁寧でうまくて物腰も柔らかい、昔からなじみの店主だが、なにせ一人で3人ぐらいの客を掛け持ちする。だから30分で済む仕事が、待ちに待たされ2時間半になる。このごろ「耐性」が薄れてきている。買い物に行っても店員の動作の遅さにいつもイライラ、名札に「研修中」などと書いていると、それだけでもう帰りたくなる。これが年を取るってことなのかなあ。

6月8日 「ノンアル」状態が持続している。医者から止められていたり、健康のためというわけではない。お酒を美味しいと思わなくなったせいだ。ワインやウィスキーであれば、まだ何とかなるのだが、日本酒だけはだめ。ゴテゴテの本醸造パック酒も超高級純米吟醸酒も、ほとんど味なのだからお手上げだ。これはもう飲まないほうがいいな、と自分で決めてしまった。医者から健康上の理由でとめられているのなら、かなり抵抗したかもしれないが、自発的というところがミソだ。

6月9日 日常のルーチンというのは誰にでもある。飲む薬とか、食事の際のルールとか、仕事上の「ゲン担ぎ」とか。その通りにしないと収まりの悪いマイ・ルールのようなものだ。私自身は散歩がそれだ。散歩できない日がくれば、それはほぼ死と同じとみなしていいだろう。薬は逆流性食道炎のタケキャブという薬だけ。薬に依存するのは極力避けたい。毎日、自家製のヨーグルトを食べ、黒酢を50ミリグラム、ジュースに混ぜて飲む。便通をよくする便秘薬を飲んでいたが去年でやめた。日常のルーチンやルーツに縛られるのが怖い。ルールは確実に自由を阻害する。フラリと旅に出るなんてことは難しくなる。でもルールやルーチンを無視すると、精神的なダメージは大きい。困った性格だ。いまさらどうにもならないことばかりだ。

6月10日 大谷がホームランを打つとヒマワリの種をまいて祝福する。なぜヒマワリの種なの? と思っていたのだが、1944年生まれの大好きな作家・出久根達郎さんが「ヒマワリの種が好き。いや毎日主食のように食べていた」とある本に書いていた。茨城生まれの5歳年上の作家だ。品のある貧乏自慢なのだが、そうかヒマワリの種を食べていたのか。そういえば同じ年で、50代に秋田に移住してきた長野県出身のAさんが、秋田に来て一番驚いたのが「当たり前のように三食お米を食べていたこと」と話していた。団塊世代の日本人が「小さなころはほとんどうどんだった」というのは、秋田の田舎者には理解できない。令和のコメ騒動で世の中は大騒ぎだが、私には今ひとつピンとこないことばかり。私が変なのだろうか。

6月11日 日中25度を超えると2階のシャチョー室はクーラーが必要になる。窓を開け放つといい風が入ってくるのだが、熱気がすぐにこもってしまう。45年前、事務所を新築した時、まるで日当たりのことなど考えず、仕事上の効率だけで素人設計したのが「あだ」となって、建てて20年間は、物置小屋のような状態で放置されていた。西日対策用の窓を特別発注し、シャチョー室として使い始めたのは4半世紀前のことだ。少しずつ改修を重ね、今はこの部屋がなければ居場所がないほど、「お気に入りの心地いい部屋」に変貌した。といってもやっぱり暑さにはめっぽう弱い。夏をどうやって乗り切るか、今から頭の痛いところだ。

6月12日 毎日ふたつの新聞の切り抜きをしている。今日はなんと10本近いスクラップがあった。スクラップするのは、いつか原稿に書いたり、飲み会の席で披露してやろうと、下心満載のやつだ。97歳の「自撮り写真家」西本喜美子さんの死亡記事が目についた。彼女の写真には本当に笑わせてもらった。ブラジル生まれで競輪選手の経験もあるユニークな女性だ。世界的バイオリニスト・五嶋みどりさんが秋田市にある県立視覚支援学校で5日の日にコンサートを開いていた、というのも知らなかった。アップルが開発したAIによる同時翻訳機も興味深い。いずれ出るとわかっていたが、通訳が不要の時代がやってくるのだろうか。政府の「書店活性化プラン」なるものも公表されていた。街の書店を「地域の重要な文化拠点」と位置付けて、振興策を通じて減少を防ぐ考えのようだが、もうとっくに「文化拠点」ではなくなっているよ、と考えているのは私だけ。

6月13日 クマのせいにしているが、最近すっかり山歩きから遠ざかっている。いつでも登れるようにストレッチや筋トレをやり始めると、決まって腰が痛くなるのだ。この腰痛がすぐに治らない。そこで「昔とった杵柄」で、近所のスポーツジムで泳ぐことにした。ジムは散歩の途中にある。毎夕、そこを通るたび、学童未満の小さな子供たちが親に連れられジムの前に群れている。プール通いの子たちだ。それを見るたびに「やっぱり泳ぐのはやめよう」と決断は鈍る。この子たちはプール内でおしっこをする。自分の小さなころを思い出しても確実だ。おしっこの海で泳ぐのは嫌だなあ、と妄想してしまうのだ。ということで、プールも申し込みはしたのだが、まだ一度も行ってない。なんだかうまくいかないなあ。
(あ)

No.1268

愛についてのデッサン
(ちくま文庫)
野呂邦暢作品集・岡崎武志編
 長年の読書の習慣から、好きな作家、興味あるテーマ、必要な知識を得るため、本を購読する。興味のない作家やテーマには見向きもしない。それでもたまには書評を依頼され、「お門違い」の本を読む羽目になり、その本に大感動、以後ファンになったりする。友人からプレゼントされた本も、いやいやページをめくっていて、その内容に打ちのめされたことも何度かある。読書で未知の世界にチャレンジするのは大切なのだが、頭の中というのはけっこう保守的だ。本書もそんなバックグラウンドから、よし挑戦してみよう、と読み始めた本だ。長崎出身の作家で高校卒業後、上京するがほどなく帰郷、自衛隊に入隊し、その時の経験を書いた「草のつるぎ」で70回芥川賞を受賞する。そのまま長崎にとどまり作家を続けるが1980年、急逝する。まだ40代の若さだった。いまだこの夭折の作家は「小説の名手」として根強い人気がある。だから、いつかは彼の作品を読みたいとは思っていた。いつものように、こんな時の羅針盤、「ちくま文庫」が優しく手を差し伸べてくれた。本書は連作小説集だ。若き古本屋店主が、謎めいた恋や絡み合う人間模様を、古書を通して解き明かしていく青春小説だ。知らない作家と出会う楽しみが少し増えてきた。

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