Vol.1274 2025年5月31日 週刊あんばい一本勝負 No.1266

IT企業の補助金詐称移住って……

5月26日 山歩きに行く機会がない。クマが怖いからだ。山にはまったくと言っていいほどブナの実がなっていない。クマ写真家Kさんによれば、ブナの7年豊作周期説はほぼ影を潜め、ブナの盛衰は1年単位なのだそうだ。だからクマも今年はダメだな、というのはわかっているのだという。去年の秋、土崎のスーパーに出没したクマは、そのスーパーの食品類にはほとんど手を付けていなかった、というのも衝撃の事実だ。エサを求めて市街地まで出てきたわけではない。それでは原因は何か。科学的エビデンスがない状態で、いつも「仮説」が独り歩きするのがクマ問題だ。知ったかぶりたちが訳知り顔に自説を開陳するのだが、そんなことで原因がわかれば、対策はとられ問題は解決している。問題が複数横たわっているから解決が難しいのだろう。

5月27日 「創味」とか「味どうらくの里」といった調味料を使わない。やめた理由は何に使っても見事に同じ味になってしまうからだ。逆に砂糖やしょうゆ、酒やみりんを使って作る料理は、食材の味がくっきりと際立つ。秋田県民はこの「味どうらくの里」が好きなようだ。帰省客の季節になると、これをお土産に買って帰る人がぐんと増えるのだそうだ。そういえばアフリカにバッタを倒しに行った前野ウルド浩太郎君も、秋田からこの調味料を送ってもらい、ほとんどキャビアを食べるように「少しずつ、長く、大切に」食する様子が描かれていて、笑ってしまった。秋田県民の「甘じょっぱ好き」の嗜好にこの調味料があっているのだろう。その気持ちはよくわかるが、早めに卒業するに越したことはない、と私は思っている。

5月28日 夕方テレビを見ていたら東成瀬村に移住したIT企業の若者たちの特集をやっていた。登場した若社長は「10年後に千人の移住者を村に」と景気のいいアジテーションをぶちかかましていた。報道のトーンがちょっと暗いのが気になった。このIT集団は3億近い収入のうち8割が国からの補助金、黒字はたったの12万円、という事実が明かされる。補助金とは総務省の「地域おこし協力隊」のことで、社員一人当たり移住・定住を前提に年間600万円近いお金が国から入る。さらに大問題は移住した若者たちの多くが、実は村に定住しているわけではなく都市との2拠点生活をしているものが多い、というのだから呆れてしまう。この村の若者IT企業を持ち上げたTV番組は全国版をはじめ数多いが、内実はこんなものだ。それにしても、この企業立ち上げから3年間、地道に執念深く取材を続けたABSテレビの調査報道には心から敬意を表したい。

5月29日 大潟村の友人T君から、田植えも無事終わったという電話。作付面積は15ヘクタール、東京ドーム3個分。村ではこれでも最低単位だ。家族だけで70ヘクタール作付けしている剛の者もいる。「最低20へクタールあれば、まあ安心して食っていけるんだけど、15ヘクタールじゃギリギリ」とI君は言う。もう5ヘクタール買い足したいが、高齢でやめたり、後継者不足で手放した田んぼは、村内ですぐに売れてしまう。村の田んぼ一枚は2ヘクタール。村には日本に二台しかないといわれる超高級大型自動耕作機もあり、繁忙期には農機具の見本市のようになる。農作業のデジタル化も着々と進んでいるそうだ。また村を取材したくなったなあ。

5月30日 ブラジル出身の世界的な写真家・セバスチャン・サルガドが亡くなった。享年81。若いころ、彼の写真を見て圧倒的な迫力に打ちのめされ好きになった。09年には東京渋谷・文化村で写真展「アフリカ」が開催され、この時は秋田から見にでかけた。その時、B全判の写真(もちろん印刷だが)を3枚ほど買い(かなり高かったが)、それを額装して保管庫に保存している。あまりに大きくて、飾る場所がないのだ。絵葉書も100枚近く買ったが、それは友人たちへの便りに使って今は一枚もない。その展覧会の時の図録も大切に本棚に収まっている。あの日、無理して、見栄を張って、自分を奮い立たせて展覧会を見に行ったのは、正解だった。サルガドは44年にブラジルに生まれ、軍事独裁政権を嫌い、69年にパリにわたり、その地で亡くなった。ご冥福をお祈りしたい。
(あ)

No.1266

獄中の思索者
(中央公論新社)
美達大和
 サブタイトルに「殺人犯が罪に向き合うとき」とある。仮釈放を放棄し獄死することを自ら選択した、自己省察の記録だ。著者は2件の殺人事件を犯している無期懲役囚で、死刑を望んだがかなえられなかった。その獄中で死刑を望んだ自分が生かされている意味を問い続けた記録だ。罪と罰、運命、信仰、父、労働、金銭、自由といった章だてだが、これは編集者から与えられたテーマで、それに沿って、自らの人生観やその半生、性格や性癖を冷静に分析しながら書き綴っている。厳格で原理主義的なその生き方については、常人ではとてもついていけないエキセントリックさを感じるが、自らの思想を獄中にいながら100パーセント、その生き方で実践しているから、他者がとやかく言うことではない。2度の殺人事件の内容に関しては一切触れられていないが、小さなころから「学業もスポーツも優秀な子供」で、ビブリオマニア(本の虫)でもあった。生き方に決定的な影響を与えたのは在日韓国人の金融業で成功した父親で、父親を尊敬し、その信頼や敬愛の度合いは常軌を逸しているほどだ。現在も「単独処遇」という独居房での一人作業を選び、ほかの囚人との交わりを避け、本を書くことで得た収益は児童養護施設に寄付し続けている。なにもかもが「度を越している」世界に生きている人なのだ。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.1270 5月3日号  ●vol.1271 5月10日号  ●vol.1272 5月17日号  ●vol.1273 5月24日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ