Vol.797 16年3月12日 週刊あんばい一本勝負 No.789


週2回の病院通いは、たぶん人生初かも

3月5日 1本の電話で涙腺がゆるんだ。首都圏のある女性からだ。たぶん施設にでもはいるのだろうか。身辺整理をしていたら写真集『雪国はなったらし風土記』が出てきた。何度見返しても捨てるに忍びない。「できれば、そちらにお送りしますので、何かの役に立ててもらえないでしょうか」というお電話だった。「わかりました。寄贈するなり、なにか方法を考えます」と即答した。長い本屋生活だが一度買われた本が返品以外の理由で戻ってくるケースは初めてだ。本がこんなにも力を持ち大切にされている。涙が出るほどほどうれしかった。これを書きながら今もまた涙腺がちょっとゆるくなってしまった。

3月6日 久しぶりの雪山トレッキングだが、朝起きたら鼻水が止まらない。身体もちょっと熱っぽい。弱気になり迎えに来たSさんにキャンセルを言い出そうか迷ったほど。でも山に登ったら、そんなこともきれいさっぱり忘れ山に集中。結構きつい山だった。里に下りてから体調が劇的に変化した。また鼻水が止まらなくなり身体が火照る。夕飯はうどん一杯食べるのがやっと。すぐに寝床に入った。寝ると鼻水は止まる。カミさんにうつされた風邪の初期症状に間違いない。

3月7日 昨日よりは幾分気分はいい。でも、近所の病院へ行こうと昨夜から決めていた。病院は久しぶり。2時間近く待たされたのは予想していたが、この待っている間に症状が悪化しそうな不安でドキドキする。病窟のど真ん中に放り込まれた気分。診察が始まるとわずか5分で終了。ノドが荒れているとのこと。患者たち(ジジババばかり)の看護婦との頓珍漢なやり取りに、笑う余裕もない。

3月8日 やはり市販薬とレベルが違う。病院でもらった薬(総合感冒薬)を昼と夜、服んだだけで鼻水も身体の熱っぽさも劇的に軽減した。かかりつけの医院を持つ必要性を痛感。昨日、病院では「ノロウイルス」に罹患した男が「村のやつらにうつされた」と怒鳴りまくっていた。村ではそれなりに地位のあるオヤジのようで態度がでかい。運悪く、そのバカオヤジと同じベッドに寝かされてしまった。隣の診察の声や看護婦とのやり取りがすべて筒抜け。プライヴァシー上どうなんだろう。どこかにいい病院ありませんかね、ご同輩。

3月9日 風邪のまま、最も忙しい「大事な週」に突入してしまった。そのせいではないがDM注文は低調のまま。なんだかすっかり拍子抜け。焦ったり、次の手を考えたりもしているのだが、体調が悪いので今はただ机の前でじっとしているしかない。出版界も病気中。栄養失調の前段階に入ったようだ。取次の太洋社が静かに自主廃業、製本や印刷、取次といった出版関連企業の東京脱出も続いている。明るい話題はほとんどない。自分では逆境に強いと思ってやってきたが、いかんとも抗いがたい「流れ」もある。ヘタに抗っても奔流に呑み込まれるだけだ。とにかく先人の踏み跡がどこにあるか見極め、立ち止まることも必要だ。

3月10日 なじみの書店「丸善」は明治2年に法人登録する際に信用を得るために「丸屋善八」という架空の人物を「法人名」にしたのが起こり。「法人」という概念がなかったから人間の名前をやむなくつけたのだそうだ。社会学の入門書で知ったことだ。さらに差別偏見の塊のようなインドのカースト制が何千年も続いているのは、「奴隷制」を回避した優れた仕組みだから、ということも描いていた。カースト制度には私有財産があり仕事も自由も結婚もできる。奴隷にはそれらの権利が一切ない。3千年前にインド人が考えたすごい奴隷回避のアイデアだ。その奴隷には、一部結婚できる者たちもいた。子供も自動的に奴隷にするためだが古代ローマではその結婚できる奴隷のことを「プロレタリアート」といった。マルクスはここから言葉を拝借したわけだ。人類にとって「宗教というのはコンピュータのOS(基本ソフト)と同じ」というのも言いえて妙。

3月11日 鼻水は止まったが、なんだか身体が熱っぽくノドがイガイガする。明日から関西出張なので電車とホテルに閉じ込められる時間が多くなる。近所の内科でもらったお薬もなくなったし、ノドには最悪の環境が続く。思い切って別の耳鼻科に行くことにした。丁寧で誠意を感じるお医者さんで好感が持てた。で診察結果は「たいしたことありません」。お薬は出してくれなかった。鼻水を止める薬で逆にノドを乾燥し痛めてしまうことがあるそうだ。帰りにドラッグストアーに寄り、電車やホテル内で装着するマスクとノド飴を買い帰宅。気軽に病院に行けるようになったのは、ちょっとうれしい。
(あ)

No.789

まだ東京で消耗してるの?
(幻冬舎新書)
イケダハヤト

 本書の評価は難しい。というかビミョーだ。サブタイトルは「環境を変えるだけで人生はうまくいく」。そんなわけないだろう、と年配者としては突っ込みを入れたくなる。ひとつ上から目線で説教のひとつも垂れたくなる。著者は1986年生まれ。2015年に東京から高知の限界集落に移住している。職業はブロガーでオンライン・サロンの主宰とある。これだけでオジサンは何のことかよくわからない。それにしても移住して1年もたっていないのに、こんな大胆な「断言本」が書ける神経は立派としか言いようがない。非常識ともいえるが、本書を読むと、書いている内容は至極まっとうなことばかりだ。例えば、「東京は打ち合わせばっかり。打ち合わせのための打ち合わせなんてものまであり時間の無駄」とバッサリ。このあたりは核心をついている。現実的な収入も、東京時代の800万円から2000万円までアップしているというから説得力はある。東京はもう終わっている。田舎のほうが稼ぎやすい。というのが著者の主張だ。何言ってんだバカと反論したい向きもあろうが、自らの成功事例をメインに論を展開しているので反論は難しい。田舎には仕事もあるし、逆にないものだらけはチャンスを生む。最近流行の「ミニマリズム」を連想させる。そうしたライフスタイルの仕事篇とでもいえる主張なのだろうか。

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