Vol.796 16年3月5日 週刊あんばい一本勝負 No.788


天気に一喜一憂してる間に3月

2月27日 手形陸橋を渡り大学病院まで至る1キロほどに寿司屋とラーメン屋がそれぞれ10店近く営業。過密地帯といって過言ではないだろう。どこもつぶれないところをみると繁盛しているのだろうか。いやいやそんなはずはない。内実は1強他弱(こんな言葉ある?)で、これは毎日散歩観察しているからそう的外ではない。ラーメン店はつい先ほどまで新参Iと古手Mの2強の争いだった。いつのまにかMから行列が消え今はI店のみに行列ができている。Mの客がIにすっかり移ってしまったのだ。こんな劇的なロード・ドラマが見られるのも毎日の散歩を欠かさないから。寿司屋のほうは1強に変わりはないが交差する道路に5店の巨大な回転すしチェーン店が軒をそろえる。1強とはいえ週末以外は苦戦のようだ。

2月28日 青空を久しぶりに見た。日曜日なのに山行はなし。日々バタバタして時間が飛ぶように過ぎていく。こんな時こそ「山の時間」に身を置いてボーっとしていたい。今日の朝は久しぶりに朝寝。昨夜遅くまでフランス映画『柔らかい肌』を見てしまった。実話を基にしたトリフォー監督のモノクロ映画だ。朝起きたら一面銀世界。映画を観ている間に20センチ以上も雪が積もっていた。30分ほど雪かきしたら汗をかいた。風邪でもひいたら元も子もない。山には行けなかったが気持ちのいい朝だ。さて今日一日、どうして過ごそうか。

2月29日 昨日から一転雨が降り続けている。好天の昨日は寒かったが、雨の今日は暖かい。毎日、自然のご機嫌をうかがいながら生きているような気分だ。先週末、なんだかムシャクシャして夕飯後、コンビニで焼きそばとグラタンを買い事務所でやけ食い。太る体質なので「やっちゃったなあ」といううしろめたさを感じながらの「ひとり呑み」。翌朝、体重計に乗るとなんと2キロ増。いやいや、これはないだろう。このところずっと体重は低目で安定。なのにちょっとの油断でこのありさま。その日から3日たった今日も体重は減らないまま。身体が重いと心までユーウツになる。

3月1日 天候に一喜一憂しているうち2月が終わった。間違いなく今月はバタバタの日々になりそうだ。山に行く日程を確保できるだろうか不安。春DMがあり、新刊が3本、中旬には関西3泊4日の旅。義母の容態も不透明で、天候は荒れ模様。いつの間にか1年で一番忙しいのが2月3月4月と前半期に集まるようになった。昔は一番ひまな時期が逆転してしまった。理由はよくわからない。10月11月12月の後半期がめっきりひまで、人々があわただしく動き回る師走は余裕の日々。どうなってるの。

3月2日 元オリンピックのマラソン金メダリストが、夫婦で老人ホームに入居。施設の規則や偏見、支配に反発して半世紀ぶりにマラソンのトレーニングを再開、ベルリン・マラソンを完走する。ドイツ映画『陽だまりハウスでマラソンを』(タイトルがよくないなあ)のあらすじだ。ハートウォーミングなコメディだが内容よりも舞台になったドイツの老人ホームがあまりに豪華で立派なことに度肝を抜かれた。設備や環境、建物の豪勢さに「ここは高級リゾートホテルか」と雪国のイナカ者は真剣に疑ってしまったほど。同じ先進国といっても日本との差は歴然、先進国が聞いてあきれる。ミニシアター系の映画はアメリカ以外の国が作ったものがほとんどだ。映画の内容よりもその国の何気ない日常が画面からメッセージとして伝わってくるものが多い。ウズベキスタンとかイランとか台湾とか、映画を観て、知らなかったその国の日常に触れ、目から鱗が落ちることが少なくない。

3月3日 高倉健が土をなめる「ニンニク」のTVCMがあった。本当にあんなことするの、と思っていたが、友人の元新聞記者Sさんのエッセイで、それが本当のことであることを知った。現大仙市の土をなめる篤農家の個人名まで書いていたからだ。「上農は土を作り、中農は米を作り、惰農はワラを作る」という言葉もあるそうだ。そのSさん、フランスで自慢げに日本の土をなめる農家の話をしたそうな。するとフランスのワイン農家も負けてはいない。「オレたちだってなめるさ」といって大きな舌でペロリと土をなめたという。篤農家は世界中同じなのだそうだ。そういえば「土の料理」を出す西洋レストランっていうのも東京にあったなあ。ヌキテパだっけ。泥を何度も漉してスープにして飲んでいるシーンをテレビで見た記憶がある。

3月4日 身体の不調はどこもない。これだけでも感謝しなければならないのに人間は欲張りだ。快調であることがいつのまにか「普通」になってしまう。毎朝起きると「今日も無事に過ぎてくれますように」と心の中で祈っている。この年になると身体のどこかしらに不調があるのが「普通」だ。どこも悪くないと、もうすぐどこかが痛み出すはず、と不安になる。そして、どこかが痛み出すと何もなかった時の「幸せ」をありがたく思う。毎日服んでいる薬もない。歯医者にもしばらくご無沙汰。歯医者に行かなくなったのは毎日おやつに食べていた堅いせんべいをやめたせいだ。やめたら歯のトラブルがピタリと止まった。こんな笑い話のようなことも経験を通してはじめて知るしかない。
(あ)

No.788

冬の旅
(集英社文庫)
辻原登

 芥川賞受賞作家の長編作品を読む機会はあまりない。新刊が出れば読む小説のはほとんどは直木賞作家のものが多い。小説ぐらいは笑いながら読んで元気になりたい、と思っているからだろうか。自分でもよくそのあたりの区分はわからない。著者は九〇年に『村の名前』で芥川賞、谷崎賞をとった『遊動亭円木』という作品は秋田県矢島町を舞台にしているが、いずれも未読。本書を手に取ったのは帯文の刺激的なコピーの誘発されたため。主人公の緒方はこれ以上ない人生の悲惨を嘗め尽くす。いったいどこで躓いてしまったのか。テンポのよい大阪弁と、その大阪周辺の地名が入り乱れる「小さな旅」はまるでドキュメンタリーのようだ。ひたすら主人公の人生は転落の一途をたどる。失職、路上生活、強盗致死、離婚、ホモ疑惑……。これでもかというぐらいのマイナスオーラが著者周辺には漂い続けるのだ。そして五年間の刑務所生活を終え、満期出所する(満期は褒め言葉ではなく犯罪者にとって最低の烙印、ということも初めて知った)。実はそこから物語は始まり、間に著者の過去の回想が盛り込まれ、最後は出所後の続きの数日が結末として配置されている。自分が何に躓いたのかわかった時、彼がなしたことは……その意外な結末はここでは書けない。サスペンスホラーの趣もあるがエンターテイメント的な要素は少ない。構成と息をのむ筆致で、グイグイと読者を結末まで引っ張っていく。

このページの初めに戻る↑


backnumber
●vol.792 2月6日号  ●vol.793 2月13日号  ●vol.794 2月20日号  ●vol.795 2月27日号 
上記以前の号はアドレス欄のURLの数字部分を直接ご変更下さい。

Topへ