Vol.1267 2025年4月12日 週刊あんばい一本勝負 No.1259

20年ぶりに「枕」が新しくなった

4月5日 天気予報は1週間前から晴れ。今日を今年の前岳初登山の日と決め、準備してきた。今日は長靴だ、と決めたのは大正解だった。登山道はドロドロでベチャベベチャで昨日の雨がたっぷり残っていた。おまけに「四番」から上は雪が残っていて、実に歩きにくい。息も絶え絶えに着女人堂まで。そこでスパイク長靴のうえからさらに軽アイゼンを着け、本格的な雪山登りになった。なんとか2時間半かかって山頂へ。両モモはいつ痙攣してもおかしくないほどピクピク、汗もかなりかいた。山頂で休まず、そのまま下山。去年登った時から5か月近く時間がたっている。体力はかなり落ちている。下山も2時間15分。どちらも最長記録だ。前岳は自分の体力のバロメーターだ。今年の前岳はきつかった。先が思いやられる。

4月6日 さすがに昨日の山行は疲れた。夜の10時には寝床に入ったのだが一度も目覚めることなく朝10時半まで熟睡した。12時間以上寝ていたわけで、これには自分でびっくり。ヘロヘロになりながら女人堂にたどり着いたら山里から選挙カーの連呼がかすかに聞こえてきた。何んとも興ざめだ。まあ現実はこんなもんだろう。期日前投票していてよかった。まあ選挙はどうでもいいのだが、投票所で県議選の補選も行われていることを知らなかった。県議なんて誰一人知らないし無所属ばかりだ。鉛筆の倒れた先の人を選んだ。自分の半生で政治家の世話になったことは一度もない。掛け捨て保険を掛け続けているだけだ。もう何があっても彼らを頼ることはないような気がする。

4月7日 西村賢太の『雨滴は続く』を読んで私小説というのは一筋
縄ではない小説手法であることを知った。そこで昭和のベタな私小説作家である木山捷平小説集『駄目も目である』(ちくま文庫)にも手を出してしまった。木山は去年が生誕120周年で、「目立たぬように、ひたすら庶民の目線で」書き続けた私小説作家だ。収録作品には「散歩」ものが多く、これも散歩好きな私には高得点、高評価のアドバンテージになった。仲の良かった太宰治のことを書いた「太宰治」という中編作品も淡々と太宰の内面を描きながら、その対象との距離感があっさりしている。この作品の中で太宰の生家である斜陽館を文学仲間たちと訪ねる場面がある。この時の案内役というか世話係の編集者として「審美社の青年社員である高橋彰一」が登場する。のちの津軽書房の社長である。若き日の編集者である高橋さんに、思いかけずもこの本で出逢ったのである。木山の作品はフィクションかノンフィクションか混然として、どこまでが現実なのかよくわからない。でも小津映画にも似た味わいがある。

4月8日 近所のかかりつけ医院が廃院(高齢化のため)し、昨日は最近開院したばかりの若い医師のいる医院に飛び込んだのだが、「新しい患者は受け付けていません。今で手一杯なんです」と断られてしまった。通い続けている床屋も居酒屋も歯医者も、以前に比べれば明らかに客や患者数は減っている。それも当然で秋田県はこの50年で人口を50万人近く減らしている。最盛期の130万人台からいまは87万人だ。病院探しも高をくくっていたのだが、病人だけは相も変わらず増え続けているようなのだ。

4月9日 仕事もそこそこ忙しい。雪が消えて外に遊びにも出たい。読みたい本や、見たい映画もリストアップしてある。夜はナイター中継があるし、雑用も減る気配がない。ホッとするのは毎週録画しているNHKテレビ「日本の話芸」の落語を聞くこと。通とは無縁の落語好きだが、この年になると少しだけ、落語の面白さがわかってくる。滑舌が悪く、テンポがくるっているような噺家でも、いつの間にか話に引き込まれ、笑い転げていることがある。自分の世界に聞き手をすんなりと引っ張り込む力が、落語の才能なのだろう。

4月10日 20年以上使っている枕が突然「壊れた」。枕が壊れたというのも変だが、「水枕」なので水が漏れだしたのだ。最近テレビコマーシャルなどでよく見かける「まくらぼ」という枕専門店に駆け込み、一番標準的で安い枕を買ってきた。それでも1万1千円。昨夜の寝心地はまるで「違和感」がなかったから、まああっているのだろう。この手のものは長く使っているとモノのほうが体に寄り添ってくる。それを待つしかない。新しい枕はこれから何年ほど同衾してくれるだろうか。

4月11日 若い人たちはテレビを見ない。いっぽう昭和のジジイは、ドラマやワイドショーは見ないが、HKのドキュメンタリーや教養番組には長くお世話になっている。先日も「世界を変えた5大発明」という番組を見た。知らないことばかりで、びっくりの連続だった。5位は「ポンプ」。ナイル川からポンプ(てこの原理)で水を引き、大規模な農業が可能になり、エジプト文明は生まれた。4位は缶詰。これはナポレオンの功績だ。3位はカメラ(写真)で、世界が一挙に広くなった。2位が、「ネジ」。これはモナリザを描いたダヴィンチの発明のようだ。そして1位は「活版印刷機」。15世紀のグーデンベルグの発明だが、そのずっと前に中国で発明されていた。しかし活字文字数が漢字のため、あまりに数が多く、アルファベットのようにはうまくいかなかった。活版印刷で一番恩恵を受けたのはキリスト教だ。聖書の印刷が布教に大きな役割を果たした。うがった見方をすれば、今のアメリカは、この聖書の印刷によって誕生した国、と言えないこともない。
(あ)

No.1259

対馬の海に沈む
(集英社)
窪田新之助
 去年の暮れから、台風被害による屋根損傷や自動車の自損事故で保険の世話になった。「何の役にもたたない」と思っていた保険だったが、ここにきて本当に助かった。掛け続けて正解だったのだ。本書はその保険の深い闇を描いたノンフィクション作品だ。主役はJA対馬の共済担当の職員。人口3万ほどの島で、彼は「プロ野球選手並みの年棒」(4000万円だという)をもらう農協職員だ。「JAの神様」とまで言われた有名人なのだが2019年、車もろとも海に飛び込んで自死する。44歳だった。この自死の場面から本書はスタートする。韓国がまじかにある、この小さな島で、彼のあげた農協共済保険の契約実績は、とても人間ワザとは言えない「驚異的」なものだった。それもそのはず、架空の契約を無数に作り、被害をめったやたらに捏造し、その一部を顧客口座に振り込んでいた。白紙委任でいくらでも契約をとれたのは、彼を絶対的に信頼する島民のおかげだ。黙っていても台風のたびに、予想以上のお金が勝手に振り込まれる。彼に任せていれば何の問題もない。法的にはともかく、彼だけでなく島民も実は共犯関係にあったのだ。自死した主人公の遺族には、農協から22億円の損害賠償請求がなされている。人柄のいい「田舎のヤンキー」がおこしたこの巨額の横領事件の背景には全島民の存在があったのである。

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