Vol.1104 22年2月26日 週刊あんばい一本勝負 No.1096

月に買う本代は……

2月19日 心の隅に巣くって去ってくれない印象的な小説がある。江國香織『ひとりでカラカサさしてゆく』(新潮社)だ。感銘を受けた物語なのだが、実は読み終わっても書名の意味が分からない。大晦日の夜に80代の3人の老人が猟銃で自殺する。彼らには家族や友人がいて、その誰もがなぜ彼らが死を選んだのかわからない。しだいに親子や家族という概念が虚像となって浮かびあがるが、「なぜ?」に対する答えはどこにも見当たらない。たぶん今年のベストワン小説として、今後も話題になる作品だろう。

2月20日 駐車場の屋根が雪の重みで割れてしまった。さらに玄関ポーチが落雪のため折れ、玄関ドアが閉まらなくなった。新入社員と2人途方に暮れていると、さっそうと現れたのがSシェフ。Sシェフの元職は大手建設会社の一級建築士、というかバリバリの現場監督出身だ。たちまち損傷個所をチェックし、我々に適切な指示を与え、道具をそろえて自ら屋根に上がり、テキパキと小一時間、応急処置を終えてしまった。いやはや神技というか「もち屋はもち屋」である。

2月21日 先日、江國香織『ひとりでカラカサさしてゆく』(新潮社)の書名の意味が分からないと書いたら、友人から「野口雨情作詞の〈雨降りお月さん〉の歌詞の一節では」とメールをいただいた。いやぁ、そうか童謡の歌詞だったか。30年ぶりに仕事場の窓のサンの掃除をした。月1の家族会食はオミクロンで1月は休んだが、2月はカミさんの強い要望もあり「和食みなみ」で敢行。「みなみ」には4半世紀通い続けているが、我々以外に客がいないというのは初めての経験だ。千葉の親戚からイチゴをもらった。家中がイチゴの甘い香りで、まるで暖かい春のさなかにいるような気分に。落雪による屋根と玄関ポーチの破損は保険で賄えることになりそうで一安心。1週間が過ぎるのが早い。

2月22日 冷凍庫におにぎりを5,6合分備蓄してある。カンテン・ランチに飽きた時、チンして茶漬けや塩おにぎりで食べる。で、ふと思ったのだが、「飯」に「御」という尊敬(丁寧)語を付けて「ごはん」と呼ぶのはどうして? 調べてみたら意外にも「ごはん」という言葉は江戸の方言だった。全国で使われるようになったのは明治以降なのだ。江戸時代、将軍のおひざ元で暮らす江戸の人たちは白米を常食にするのが誇りだった。当時は玄米食や雑穀混ぜが主流で、白い炊き立ての湯気の立つ銀シャリは「ごはん」と特別扱いで、それ以外は「めし」という言い方が普通だった。江戸っ子だけが食すことのできた特権意識から生まれた言葉なのだという。ちなみに「おにぎり(にぎりめし)」は俵型で男言葉、「おむすび」は三角形で女房言葉だそうだ。これは杉浦日向子さんの本で知ったこと。

2月23日 映画「オマールの壁」は2013年、パレスチナを舞台にしたパレスチナ人監督による青春映画だ。世界のどんな場所の映像もたやすく見ることが可能な時代だが、「パレスチナの日常」となるとそうもいかない。イスラエルの占領下、難民としてパレスチナ人は600万人もヨルダン川西岸やガザ地区に暮らしている。そこにはイスラエルの秘密警察が駐在し、アラビア語とヘブライ語が混在し、地域の中にすら分離壁がある。この地域で恋愛し、イスラエル兵狙撃犯として逮捕され、スパイとして生きる選択をした若者の苦悩と葛藤を描いた映画だ。100パーセント、パレスチナ資本で作られた映画なので、そのぶん差っ引いて観なければならないが、こんな映画でもない限りパレスチナの日常や若者の心情に思いを寄せる機会はない。

2月24日 県内の山を歩いて驚くのは、山奥にも杉がビッシリと植林されていることだ。スギ林の面積は秋田県が全国で一番だ。県内の植林は1950年代から盛んになり、1969年には「年間1万f造林運動」がはじまり一挙に山奥にも杉が植えられた。それがいまちょうど樹齢5,60年を迎え、切るのに適した時期を迎えている。が、この売値が問題だ。なんと樹齢60年の杉の木が1本3千円弱だという。所有者が伐採業者に売る値段だ。半世紀育てた木が新刊本2冊分にしかならないのだ。さらに問題は今年から国内製材大手の中国木材(本社広島)の進出が決まり、能代市に新工場が稼働することになった。林業の人手不足、安定供給、伐採後の再造林など課題も山積みだ。

2月25日 毎日のようにネット(アマゾン)で本を買う。新刊もあれば古本もある。趣味も仕事も副業も本がらみなので、これはまあご海容願いたい。実は買った本の半分以上は読まずにどこかに消えていく運命だ。でもまずはとにかく「本は買う」。仕事用に必要な資料や参考書も必要だし、原稿を書くために入手するものもある。仕事の合間に読む本や単に時間をつぶすための本も欠かせない。外出時も活字中毒者は本を手放せない。外出用の本も買う。家ではトイレ用の「置き本」が必需品だ。一番長く読書時間の取れる睡眠用も、常に新鮮な本を用意しておく必要がある。この「5カ所」で読むための本を常に準備している。月にかかる本代は……野暮だからやめとこう。

(あ)

No.1096

春を背負って
(文春文庫)
笹本稜平

 今年最初の著名人の訃報に接したのは笹本稜平。私より2歳ほど年下で、彼の書く山岳小説が好きだった。哀悼の意を表して、彼のベストセラー作品である本書を読んだ。脱サラして、山小屋を営む父の跡を継いだ若者の成長を描いた連作短編集だ。この文庫には解説がない。代わりに著者本人と映画監督の木村大作の対談が載っていた。この対談で、初めて映画にもなっていることを知った。すぐに映画も観たのだが、原作とはかなり違った物語になっていた。主役は松山ケンイチ、脇を蒼井優や檀ふみ、豊川悦司らが固める豪華キャストで、原作の舞台は奥秩父だが、映画では立山連峰になっていた。こちらの方が絵的に映えるからだろう。本を読んで面白ければ映画も見る、ということがこの頃は多くなった。映画の方がどれだけ脚色しているかを確かめたくなるし、自分の気に入ったシーンがどのように映像化されるのかにも興味惹かれるからだ。主人公の松山ケンイチは青森出身で雪上での歩き方が様になっていたから選ばれたという。蒼井優の役も物語に深みを与えている。原作にも負けない映画になっていた。

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