Vol.1037 20年11月14日 週刊あんばい一本勝負 No.1029

70代の太平山奥岳

11月6日 寝床で読んでる本は奥田英朗『沈黙の町で』(朝日文庫)。長編の犯罪小説だが毎晩2,30ページずつチビチビと読み進めている。早く読了するのが嫌だからだ。お盆過ぎにこの著者の『ララピポ』という連作小説集を手に取りすっかりはまった。文庫本で出ている28作品をすべて読もうと決めた。その最後の28作目の『沈黙の町で』まででたどり着くまで2カ月ちょっとかかった計算だ。ちなみに文庫になっていないのは最新刊の『罪の轍』と『田舎でロックンロール』の2冊のみ。問題はこの小説を読み終われば読む奥田本がなくなること。できるだけ食い延ばしをして遅らせるしかない。

11月7日 紙をつくっている北海道釧路にある日本製紙が紙生産を停止した。コロナ禍で需要が減ったためだがショック。いっぽう、図書館で書籍データを個人スマホにネット送信できるよう、著作権法の改正を文化庁が検討しているという。この流れはもはやだれも止めることはできない。図書館の蔵書は単行本の半分まで複写が認められている。となれば書店で売られている本でも、妻が本の前半を図書館にリクエストし、残りの半分を夫がコピーを頼めば1冊の本をまるまるコピーして読めるようになる。こんな事態になることをうすうすは想像していたが、そのスピードはますます加速している。

11月8日 遊学舎でSシェフが若い主婦の人たちに魚のさばき方を講習するというので冷やかしに行ってきた。全員が亭主と子供同伴だ。イカやヒラメのさばき方をみていても確かに若い人たちの包丁さばきは見るに忍びない。私自身も60代になってからSシェフの指導でようやく魚をおろせるようになった。これだけは普段からやっていないとうまくはならない。ペットボトルのキャップでエラをこそぎ取る、なんて芸当がさりげなくできるようになるまでには、やはりそれなりのトレーニングが必要なのだ。

11月9日 冷え込みが厳しくなってきた。今日からストーブをつけることに。陰鬱な雨が降り続き、雪を待つ前の独特の、暗くて静かな雪国の秋の終わり。年々冬が怖くなりつつある。まずは首巻が必需品になった。マフラーなんておしゃれアイテムでしかなかった。そういえば夏でもクーラーから体調を守ってくれたのは首巻だった。体の部位の中で首ってかなり重要だ。8月9月と左上腕部の痛みに苦しめられたが、これも根本原因は首だ。集中的に仕事をすると最初にガタが来るのは決まって肩から首だ。

11月10日 コロナ禍で電話勧誘やネットの詐欺メール(銀行口座をストップしたといったたぐい)が増えた。毎日2,3通が届く。うちのアドレスや電話番号はその手の詐欺グループにリスト化されているのだろうか。不快極まりない。ナンバーデスプレーをみて「出ないでおこう」と思うのだが、結局はうるさいので受話器を取る。「けっこうです」とすぐに切るのだが、腹が立つのは相手の非礼に対してではない。人の話も聞かずに電話を一方的に切ってしまう自分の乱暴さへの「うしろめたさ」。毎日、こんな不快さを味わうのは本当にいやなものだ。何とかならないものだろうか。

11月11日 駅ナカで人と待ち合わせ。空いた時間、アルヴェで開催されていた「起業家たち」の交流フェスタをのぞいてきた。デザイナーや映像作家、家具設計室や工芸アトリエ、食品など世間ではまだ認知されていないものの、機あれば世界に飛び出していきそうな勢いのある若者たちの「秋田にちなんだ」作品や製品、技術が並んでいた。私も50年前は起業家の一人だった。その当時はそんな気の利いた言葉はなく、「ドロップアウト」お蔑視を込めて呼ばれていたのだから隔世の感がある。

11月12日 太平山・奥岳へ。標高1100メートル台とはいうものの登るのがけっこうハードな山だ。登山愛好家のトレーニング用として人気が高い。自分の体力の都合も考えずにいきなり太平山はちょっと無理筋だが、何もしないで家でくすぶっているよりは、山にチャレンジするのも刺激的で面白い。と突然思った次第。で山頂まで3時間半かけてヨタヨタながら登った。下山がまた登る以上に厳しかった。足はピクピク痙攣寸前。ヨロヨロと表現したほうが正鵠を射ている状態で降りてきた。朝8時から登り始め、家に帰ってきたのは夕方4時。もうヨレヨレで、あとは寝るしかない。

11月13日 さすがに筋肉痛でほとんどロボットダンス状態。登りはヨイヨイ帰りは地獄というやつだ。でも70代になっても太平山奥岳に登れたことには自分なりの感慨はある。体重が100キロ近くあった30代、40代には登ろうなどと考えもしなかった山だが、エアロビクスで身体を鍛えていたころは奥岳まで走るように2時間ちょっとで登頂したこともあった。それが年とともに2時間半になり、60代に入ると3時間を切ることはなくなった。昨日は3時間40分。これが目いっぱいだ。後期高齢者になるころには4時間かかっても山頂には立てないのかもしれない。まあその時はその時だ。
(あ)

No.1029

我が家のヒミツ
(集英社文庫)
奥田英朗

 お盆休みの後、8月後半あたりから左上腕部が猛烈に痛み出した。腕に重しをぶら下げたような痛みがずっと続いた。整骨院に行くと「胸郭出口症候群」と診断されたが治療してもちっともよくはならなかった。9月になっても痛みは治まらず、家に閉じこもって本を読むしかない時間が続いた。そんななか、ふと手にしたのが奥田英朗「ララピポ」だった。あまりの面白さに心身がシャッキとした。その日から約1カ月半、ひたすら奥田の作品だけを集中的に読み続けた。奥田の本は最新作の「罪の轍」をいれて29作品。「罪の轍」以外すべて文庫化されている。ちなみに文庫の版元とその作品数を調べてみたら、講談社6、文春6、光文社4、集英社5、角川2、幻冬舎2、朝日新聞1、新潮2と。新潮社が少ないのが意外だ。奥田の本は小説もエッセイも無類に面白い。この29作品のうち5分の一はすでに読んでいるのだが、この際、いい機会なのですべてを読み直すことにした。どの物語も温かくすがすがしい。バラエティに富んだ設定とリアルな登場人物。身近なテーマ、そして人というものをいとおしむ視線。ささやかな人間賛歌であり応援歌でもある。自分以外の誰かの内面に深く沈静し、そこから驚くほど多様な人間の本性をつかむのに長けている。

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