Vol.946 19年2月2日 週刊あんばい一本勝負 No.938


転倒の後遺症

1月26日 転倒事故のおかげで2日間、外に出ていない。雪道を歩くのが怖い。両手首の痛みが気に障って何かに集中するのが難しい精神状態だ。こんなときは静かに本を読むしかない。ということで佐藤健太郎『世界史を変えた薬』(講談社現代新書)を読み始めた。精神状態と本の選択の平仄はあっているが偶然である。この本がめちゃ面白かった。すぐに同じ著者の『世界史を変えた新素材』(新潮選書)も読み出した。これも行けそうなので代表作となった『炭素文明論』(新潮選書)も注文。文章に小細工がないし、書きたいことを簡潔に面白く伝えてくれる科学エッセイだ。

1月27日 10年ほど前、弘前にある劇団の公演を見に行った際、アンケート用紙を渡された。その紙に見慣れないペンが差しはさまれていた。クリップペンというらしい。再生樹脂でできた本体の先に数ミリだけ鉛筆の芯がついている「使い捨て鉛筆」だ。アンケートに書き込めばあとはごみ箱に捨てても結構です、というものでこれは衝撃的だった。本を読むとき必ず「線」を引くためのこのクリップペンを愛用するようになった。50本セットで500円、1本10円だ。本と一緒に筆記用具を持ち歩く心配をしなくて済むようになった。私にとっては革命的なツールだ。

1月28日 午前中にデスクワークを終え、午後からは駅前まで出て、駅ナカのパン屋さんでコーヒーを飲みながら2時間ほど本を読んで帰ってくる。このパターンが定着しつつある。読む本は科学ジャーナリスト・佐藤健太郎の本ばかり。本にはずれはない。歴史と科学と文明の交錯を描くグローバル・ヒステリーは面白い。

1月29日 風の音がうなりをあげて何度か目が覚めてしまった。朝起きてみると、そんなに雪が降ったわけでなく穏やかで普段の冬の朝だ。あの地鳴りのような地吹雪の音と雷は何だったのか。昨夜は録画しておいたNHK・Eテレ『50年目の乗船名簿』3回分をまとめてみた。一人のディレクターがひとつのテーマを50年間追い続けたというのは、たぶんこの番組以外はないだろう。ディレクターの相田洋という人は現在82歳、たいしたものだ。

1月30日 新聞に「メモ」に関する広告記事が二つ。ひとつは『メモの魔力』(幻冬舎)という本の新刊広告で、これはあまり読みたいと思わない。もう一つは小さな商品情報で「付せん」代わりに使う電子メモパッド「ブギーボード」。値段は2700円で、こちらはちょっと触手が動きそうになる。メモにICコーダーを使いだして20年ほどたつ。アイデアを一言録音するだけだから、できるだけシンプルなほうがいいのだが、シンプルなものは消えて年々複雑怪奇になっていく。「付せん」までが電子化されることに驚く人もいるだろうが、メモという行為の重要性だけは時代にかかわらず揺るがない。

1月31日 転倒で痛めた両腕の痛みはほぼひいた。それに代わってなんだか頭がボーっとする状態がこの2,3日続いている。吐き気がしたり頭部に痛みでもあれば、転倒の際に頭部を打った影響も考えられるが、それはない。あの転倒事故は一朝一夕には笑い話になってくれそうにない。健康診断の結果も「再診」がひとつあり、けっこう落ち込んでいる。70歳を目前にして身体は大きな曲がり角に来ているのは間違いない。

2月1日 新入社員が研修させてもらった東京の晶文社(私もここから本を出版してもらった)の若い人たちが、蔵王にスキー旅行に来ている。新入社員はそのアテンドのため朝早くにその蔵王に向かった。ということで一人留守番。けっこう来客(郵便や宅配便など)が多いのであわただしい。電話もくるしファックスで印刷所やデザイナーとのやり取りもある。個人やアマゾン、取次からの注文も一人で全部処理しようとすると身体が持たない。まあ、面倒なことは見なかったことにして、先延ばししてしまおう。
(あ)

No.938

誘惑地帯
(講談社文庫)
阿部牧郎

 本書は83年に実業之日本社から「小説秋田音頭」として単行本で刊行され、5年後に啓文社から「情事願望」と改題して文庫で再登場し、さらにその5年後、本題に改題され講談社文庫に入っている。サブタイトルには「小説秋田音頭」とある。10年間で3度題名が変わり版元も変わった、という珍しい本である。阿部は男女の機微を描く官能的な小説を書かせたら当代指折りの名手だ。その阿部が生まれ故郷の秋田音頭をモチーフにオムニバス形式の短編小説にしたのが本書だ。官能小説とはいえ阿部の手になると物語に風格と品がある。笑いながらも深く考えさせられてしまう。作家というのはやっぱりすごい、と本書で感じ入ってしまった。おおらかに性を謳いあげる秋田音頭の歌詞に題を取り、男鹿の海岸、八幡平の露天ぶろ、横手のかまくらやモデル農村大潟村を舞台に男女の性が開放的に描かれて湿っぽさはほとんど感じない。モデル農村・大潟村の宴会で主婦たちがきりたんぽをつくる場面には違和感(きりたんぽを自作するのは鹿角や大舘地方だけ)があったが、著者は京都生まれで高校時代を鹿角と大館で過ごしている。秋田では全県的にきりたんぽを作って食べていると思い込んでいたのだろう。これもご愛敬である。

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