Vol.841 17年1月21日 週刊あんばい一本勝負 No.833


健康を維持して今週も何とかやってます。

1月14日 昼食はいつもリンゴと寒天なので、思い切って昨日は秋田大学生協で豪華ランチ。といっても熊本ラーメンと小カレー(合計600円)。ものすごい贅沢をしてしまった悔恨と体重増加不安に胸きむしられた。食後、生協に置いてある学生新聞を読みだしたら「今号で休刊」と後記に。編集部員の減少、後輩の育成がうまくいかなかったと弁明があったが、大学側からの支援がなくなったのだろう。昔と違って学生新聞もほとんどは大学のヒモ付きだ。数年前まで、ここの部員たちは継続してうちにアルバイトに来ていた。優秀な学生が多かったが、半面、毎年レヴェルが落ち続けているような不安も紙面からは感じていた。休刊となればこの子たちと一緒に仕事をする機会はもうないかもしれない。これも時代の大きな流れのひとつなのだろう。

1月15日 今年の「靴始め」になる山は男鹿真山。恭しい神事にふさわしい山だ。このところ秋田はずっと荒れに荒れている。今日も朝から吹雪だったが、まあ神事は荒れるもの。気にしないで登り始めたら、いつのまにか山は穏やかで、風もなく、青空まで見せてくれた。海は鮮やかな群青色で、遠くの山々は神々しいほどの光を浴びて白く輝いていた。スノーシューで雪山急斜面をラッセルし2時間10分。真山に到着しランチ。とはいうものの山頂の気温は零下10度以下。早々に下山し、あったかい温泉に入って帰ってきた。温泉に入るために、わざわざ身体を冷やしに山に入ったような気分だ。

1月16日 友人や著者たちから「最近、魁のコラム(北斗星)がおもしろい」という声をよく聞く。私自身はそれほど魁紙のいい読者ではないのだが、たしかに北斗星は過去のものに比べておもしろい。見識が豊かで深い。引用や参考文献が適格で的を射ている。文章に無駄がなく言いたいことがストレートに伝わる。本が好きそうで、実によく本を読んでいる。この手のコラム独特の「秋田至上主義」臭から無縁……といったあたりが好評の理由だろうか。うちの本もよく取り上げてもらうのだが、昔の北斗星では版元名を「無明舎」と書くケースがほとんどだった。うちの名前は「無明舎出版」で「無明舎」ではない。発行元「文藝春秋」を「文春」と書くようなものだ。言論機関ともあろうものが会社名を当たり前のように間違って平気だったのだ。それが今の北斗星氏になってから「無明舎出版」と正確に表記するようになった。これだけでも驚きだったが、今のコラム氏が異動や定年になったら、また元のダメ・コラムに戻るのだろうか。と余計な心配をしてしまう今日この頃である。

1月17日 カミさんが若い人たちの劇団公演に客演することになり、週の半分は稽古のため不在。夕食は一人になった。昔はカミさんがいないとわかると、外呑みに突入。ふだんの質素な食事の反動で外では暴飲暴食が常態だった。その悪癖はすっかり影を潜めた。年をとったということか。自分の食べたいものを自分で調理して食べる。これが一番だ。外で飲み屋のオヤジの機嫌を取ったり、メニューを選ぶ煩わしさはもう結構。しばらくは一人夕食が続きそうだが、朗報はわがSシェフも奥さんが海外旅行中で「独身貴族」になったこと。二人でいろいろメニューを考えて夕食を共にする機会が増えそうだ。

1月18日 毎日のように新原稿が入り始めた。気持ちが引き締まるが同時にけっこうなストレス(負荷)ものしかかる。届いた原稿に目を通し、印刷所に指示し入稿。初稿に著者と編集者が手を入れ、同時進行で付き物(カバーや本文以外のレイアウト)をデザイナーに依頼する。営業販売戦略も練らなければならない。こんなふうに本づくりはスタートしてゴールを目指す。この編集作業が月に3本を超えるとパニックになる。月に1,2本の本をノンビリつくるのが理想だが、現実はそううまくはいかない。今月のように7本近い原稿が入る月もあれば、3か月間1本も原稿がない時もある。

1月19日 シャチョー室も家の書斎・寝室も2階にある。毎日、階段を何十回と上り下りする。階段を昇降するたび「まだ階段を苦痛に思っていない自分」を発見して自己満足する。めちゃくちゃデブっていた40代あたりのほうが「階段って息切れるし面倒くさいなあ」と煙がっていた。体力の強さや身体の軽さは昔より今のほうがレヴェルは上かもしれない。山登りのおかげだ。しかし、リズムよくトントンと階段を昇降できる自分に酔いながら、同時にこの階段を手すりがなければ昇降できなくなる時がもうすぐ来る、という不安というか恐怖にも襲われる。いやその不安が強いから「まだまだ大丈夫」と自己肯定に急ぎ足で傾く自分がいるのだろう。老いは怖い。ピンピンしながらコロリと死ぬ、なんていうのは幼稚園児並のたわごと。近い将来、手すりにつかまって階段を昇降する自分をイメージしながら、今日の健康にとりあえずは感謝。

1月20日 通常の午後の散歩(1万歩)を終え、身支度し駅前の飲み会へ。これも歩いて往復したので昨日は1日で2万歩強を歩いた計算だ。飲み会のお相手は昔のバイト君たちで、久しぶりに会った彼らはすっかり社会人の顔になっていた。一丁前に上司の悪口や社会の理不尽さを楽しそうに語っていた。人間として当たり前の、こうした社会人入口への洗礼を小生はまったく受けていない。学生からいきなり万年シャチョーになったから、彼らの誇らしげな語り口が新鮮でうらやましくもある。それにしても2万歩も歩いて暴飲暴食もしていないのに、今日の体重計は1キロ増。まったく納得できない。どこに抗議すればいいのだろうか。遅まきながら気が付いたのだが、昨日食べたものが今日の体重計に即反映されるわけではない。体重を減らす要因は2,3日経ってから数値になって軽量化される。だから体重の増減は三日ぐらいを1単位として見ていく必要がある。というのが小生の見解だが科学的にこれが正しいのかどうかは、よくわからない。
(あ)

No.833

春に散る
(朝日新聞出版)
沢木耕太郎

 猛烈な寒波にタイミングを合わせたように石油タンクが燃料切れ。我が家はひとつのタンクで家と事務所兼用なのでストーブなしの一夜を過ごした。ひさしぶりにあの震災の日を思い出した。あまりに寒いので8時半には寝床に入り、本書を読みだした。けっきょくやめられなくなり手足の冷えに堪えながら上巻を読了。翌日、下巻を早く読みたいという思い抑えがたく、散歩がてらに外に出て駅前喫茶店で目をウルウルさせながら下巻も読了した。合計10時間以内で2巻を読み終えた勘定だ。本書は新聞連載小説をまとめたもの。主人公広岡は高倉健を想定して書いたものかもしれない。とおもわせるほど「高倉的」なニュアンスが濃厚である。高倉の晩年、沢木と頻繁に会っていた、ことを沢木は自身のエッセイで書いていたから、これは十分ありうる話だ。もしかすれば最初から「映画化」を意識して書いたストーリーを、高倉の死で新聞小説として再構成したものなのかもしれない。もちろん憶測にすぎないのだが。それにしても新聞小説という「くくり」(制約やお約束)のせいもあるだろうが、ドラマが劇画チックだ。本というより映画を観ている感じなのだ。文学はもっと静かに、穏やかに、ゆっくりと物語が進行すると思っていると現代小説には置いていかれる。このぐらいのアップテンポの大仰な物語が時代とマッチしているのだろう。

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