Vol.1320 2026年4月18日 週刊あんばい一本勝負 No.1312

ガクブチに翻弄された1週間

4月11日 映画『明日への記憶』はアルツハイマーを扱った、萩原浩原作の小説を映画化したもの。昨日テレビ放映されたものを初めて見た。身につまされる「認知テスト」もあって、ハラハラドキドキ、主人公に感情移入してしまった。落語家の三枝のまくらに、「アルツハイマーの名医が見つかった」「誰?おしえて」「忘れました」というのがあって大笑いしてしまったが、今、医者が目の前で認知テストをやり始めたら、たぶん「恐怖と不安」で頭が真っ白になって何も答えられないだろうな。

4月12日 最近はあまり車も乗らない。ガソリンが高くなっても、それほど大きなダメージはないと身勝手に思っていたが、文具店に、仕事に必要なガクブチを購入するため訪れると値段が2,3年前の2倍近くに跳ね上がっていた。トランプの戦争の影響で、海外生産、石油由来材料のガクブチは、もっともっと高くなりますよ、入荷も遅れるし、店の人に脅された。展覧会用だと50個単位の注文になる。それだけで何十万もの差が出てしまうのだ。ガソリンだけじゃない。本当に頭にくる。

4月13日 吹けば飛ぶような零細地方出版社にも、世界の政治経済状況はビビットに影響を与える。将来に不安を覚えるような大事件が起きると、ピタリと本の注文や出版依頼が減ってしまうのだ。明るい未来を展望できない世の中というのは救いようがない。少し貧しいけれど未来は明るい、という感じの世の中が、実は理想的なのかもしれない。明るそうに見えるけど実は貧しくなる一方、という閉塞感が一番厄介だ。

4月14日 ネットで戦争中の兵士の給料(特別手当)を調べてみたが、うまくヒットする情報はなかった。その昔、ベトナム戦争に従軍した日本人と知り合ったことがあった。かれはアメリカ国籍が欲しくて志願兵になったのだが、危険地帯に出向くときは、7万円(1日)ぐらいの特別手当が出た、と話していた。最近の新聞記事で、戦地に赴くアメリカ兵の年収が2000万円近いあったことに驚いた。その真偽も確かめたかったのだが、よくわからない。明日死ぬかもしれない危険地帯での仕事は、どれくらいならば妥当なのか、それを誰がどのように決めるのか、知りたいところだ。

4月15日 まさか自分が「写真集」と名乗る本を出す本人になるとは、思ってもみなかった。本日、『拙者の散歩道』という写真集を上梓した。散歩道で見つけた「道ばたのモダンアート」らしきものを、デジカメの接写レンズで撮り続けてきた。それを編んだものだ。歩くのが楽しくなるような、文字通りの「道・楽」だったのだが、それを仕事にしてしまったわけだ。よろしくお願いいます。

4月16日 数日前、ガクブチについて書いたのだが、予想していた2倍の値段で、おおいに焦った。何社かの画材屋さんから相見積もりをとり、ようやく秋田市内の画材屋さんに作ってもらうことになった。額装ではこのマット切りが大きなポイントになる。大きな画材屋さんでは中央に発注するから時間と金がかかる。それを自前で短時間にできる、というのが決め手だった。

4月17日 本が好き、と言っても漫画はダメ、ほとんど読まない。面白いなあと感嘆した漫画は「じゃりん子チエ」で、これは読むのが楽しみだった。この手の世界観を文字で表現するのは難しいだろうな、というのが第一印象だった。若い時はつげ義春に夢中になった。それと東海林さだおさんも好きだった。これは漫画もそうだが文章が面白かった。このお二人が相次いで亡くなった。3月につげ義春、翌4月に東海林さだお、どちらも88歳。東海林さんは東京・阿佐ヶ谷の焼き鳥屋で客同士として、たまたま対面の席になったことがあった。

4月18日 ブラジル・アマゾンの取材でお世話になっているトメアスーの佐々木勇幸さんが亡くなった。享年89、大往生なのだが、勇幸さんにはもうちょっと長生きしてほしかった。4年後、トメアスーはアマゾン日本人入植100周年を迎える。そこで勇幸さんと会いたかったからだ。村で会うたび、赤銅色の顔から真っ白な歯をのぞかせ、「アマゾンはいいよ、どうだい移住してこないか」と破顔一笑する顔が目に浮かぶ。「俺はピヨン(労働者)がいやだからアマゾンまで来た。またピヨンになるために日本に行くなんてまっぴらだ」と日本へ出稼ぎを拒み続けた硬骨漢でもある。両親は由利本荘の人だ。長男のジェットーリョはサンパウロで実業家だが、最近、長女のテレーザがベレンから引っ越してきて同じ耕地に家を建て、一緒に暮らし始めたばかり。勇幸さんのことだから、それですっかり気持ちが緩んでしまったのかも。トメアスーに通い続けたモチベーションのひとつが失われてしまった。ご冥福をお祈りしたい。

(あ)

No.1312

かんじき飛脚
(新潮文庫)
山本一力
 大藩・加賀藩に属する飛脚たちの物語だ。天明9年(1789)、金融を支える札差と武家の関係が悪化し、その窮状を打破するため幕府は、加賀藩の弱みを握り、そこに影響力をふるうことをもくろむ。窮地に陥った加賀藩はお国を救うため、16人の飛脚にその命運を託すことになる。その行く手には大雪、荒海、刺客が立ちふさがる。前田家御用の飛脚宿浅田屋の三度飛脚は、江戸と金沢の145里(570キロ)を毎月3度、国許から江戸・本郷まで夏なら5日、冬なら7日で走りぬく。5尺8寸(176センチ)から6尺(182センチ)の大男たちの偉丈夫ばかり、というのは驚いた。普段はひとり月一度、江戸と金沢往復するのだが、その稼ぎ高は31両。運ぶのは藩の公用文書、藩主及び内室の御用の品々で、ただひたすらに北国街道、中山道の各宿場を走りぬく。運ぶ荷物の基準は大きさが5寸角(15センチ)、目方は1貫(3・75キロ)まで、書状5匁(19グラム)は10里(39キロ)につき8文だ。ひとりで4貫(15キロ)の荷を担ぐので、5匁の書状だと、約800通担ぐ勘定になる。高給取りも納得できる。物語そのものも面白いが、こうした飛脚のリアルな現実が克明に描写されているのが収穫だった。

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