Vol.1251 2024年12月21日 週刊あんばい一本勝負 No.1243

75歳になって考えること

12月14日 近所の仕立て屋(チェーン店)にズボンの裾上げを頼みにいったら、「1本1600円からです」といわれた。2,3年前、確か1本700円といわれて、それでも「高いなあ」と嘆息した記憶がある。逆に毎月、家族で会食する和食料理店だけは、この20年ほとんど値段は変わらない。リーズナブルな奇跡的な店だが、このままだだと早晩、予約でパンパンになり、値上げを検討するのも時間の問題だ。それにしても考えるのは、ズボンの裾上げくらい自分でやれるようになりたい、ということ。

12月15日 小樽の古民家カフェで月一度、超高齢者読書サークルが開かれる。平均年齢は85歳。この会が発足20年を迎え、記念誌を作ろうと奮闘の日々を描いた、朝倉かすみ著『よむよむかたる』(文藝春秋)を読む。読書・古民家カフェ・超高齢者の舞台設定からして面白くないはずはない。ワクワクしながら読みだしたが、なかなか物語に花が咲かない。高齢者小説といえば内館牧子だ。これがまあ実にキャラ立ちしている登場人物ばかりで面白い。無意識のうちにこの内館ワールドと比べているのかもしれない。物語の地味さに少々いらだってしまった。この本は今年の直木賞候補作になっているが、これでは難しいかも。

12月16日 今日から家の屋根のハリ修復工事が始まった。朝起きたら職人さんたちが5,6名、家の周りに集まっていて、足場は既に別の業者によって組み上げられていた。今週はかなり忙しい1週間になりそうだ。2本の新刊入稿を予定していて、進行中の2本の本もクライマックスだ。今年は忘年会がほとんどない。これは「救い」だが、それでも数件の飲み会はセットされている。もうすっかりノンアル生活になじんでいる。アルコールに体がうまく適応してくれるか心配だ。バタバタした時の息抜きは「料理」だ。一番集中できて、余計なことを考えなくて済む時間だ。今日も「ジャージャー麺のソースとカレーを作る予定。その前の買い出しも楽しみだ。

12月17日 今年見た映画で圧倒的に感動したのは黒澤明監督『隠し砦の三悪人』。「スリルとサスペンスとユーモア」の三大要素を兼ね備えた痛快娯楽時代劇だ。スピルバーグの「スターウォーズ」の「原案」になったとして知られているが、残念ながら「スターウォーズ」を見ていない。「隠し砦」は1958年制作の映画だから私が10歳のころで、シネスコープ(横長)画面という要素も重要だ。モノクロームで、アクションとコメディのバランスと、そのテンポの良さ、歌舞伎や能を意識したセリフ回し、すべてがいい。

12月18日 昼はめん類が基本なのだが、このところずっと「ごはん」だ。秋口の米騒動で、生まれて初めてスーパーで米(5キロ)を買った。収穫時が過ぎると何人かの農家の方から新米をいただいた。ありがたい。毎年、この時期に詩集を作っている宮城のKさんからはササニシキの無農薬米が送られてきた。大潟村のY君のあきたこまちは、今年初めていただいた。米騒動のことがあって訪ねたのがきっかけだ。そういえば銘酒「天の戸」の杜氏・森谷君が亡くなる前、毎年30キロのお米が2袋(!)送られてきた。今年の米は高い、と多くの人が言う。農家の側に立って言わせてもらえば、「これが適正。これまでが安すぎただけ」ということになる。

12月19日 仕事場から見えるのは屋根に積もった30センチほどの雪の白さだけ。そのうえに申し訳なさそうに雪国特有の「鈍色(にびいろ)」の空が広がっている。これから数か月間、この灰色の空と付き合っていく。同じ空を70回以上経験しているのに慣れるこがない。鈍色というのは染色の名で、「濃い鼠色」のこと。昔は喪服に用いた色なのだそうだ。逆にめったにないのだが青空の広がる日、雪の白さと青空のコントラストは美しく、清々しく、爽快だ。こんな日が冬期間、5,6回、ある。そんな日の「得をした気持ち」というのも、なかなかのものだ。

12月20日 今年75歳になった。日本老年医学会が2017年に「75〜89」を「高齢者」、その前の「65〜74」を「准高齢者」と定義している。高齢者というのは何となく、65歳ぐらいと思っていたのだが、これは100年前、ドイツ帝国のビスマルクが「年金を払う年齢」として決めた数字だ。宰相にすれば「この年になれば死んでるだろう」と踏んで決めた年齢だ。現在では、糖尿病や高血圧の生活習慣病は「75歳を境に」その基準が緩くなり、心臓や血管の病気による死亡リスクが軽度になる。75歳を過ぎたら、病気があるかないかよりも、人間らしい生活ができるかどうか、のほうが重要だ。機能が衰えたとしても、自立した生活者として必要な「歩く、食べる、聞く、見る、話す」などが侵されないように予防することが大切なのだそうだ。これはある医者の書いたエッセイから学んだのだが、この医師が言うには、75歳から最も大切なのは「骨」だそうだ。骨の老化が全身の老化のバロメーターと考えて間違いはない、という。そうか骨か。
(あ)

No.1243

地図なき山
(新潮社)
角幡唯介
 新刊が出ると必ず買ってしまう作家がいる。わたしにとって「大好きな物書き」といっていい人たちだ。その一人に角幡唯介がいる。だからこの新刊は、タイトルからサブタイトルまで言うことはない。仕事中でも読み出しかねないほど、よだれの出そうな魅力的な書名だ。光のない北極を旅する物語以上のものを期待して、さっそく本書を読み始めた……のだが、期待はすぐに失望に変わってしまった。少し残酷な言い方だが、これはダメ、彼の著作の中では一番つまらない、これが正直な読後感だ。「よりよく生きるために私は地図を捨てた」という「はじめに」は、彼のこれまでの冒険行を理論的に振り返る、なかなか読ませる出だしだったが、本体の、地図なしで彷徨する山の物語は、読者がすっかり置いてきぼりで(なにせいっさいの固有名詞が出てこないのだから)、独りよがりの自己満足釣り紀行のような物語で終わってしまった。本人は楽しそうだが、読者は何も楽しくない。大好きな作家の一人なので、期待が大きくから失望も大きかったのかもしれない。読後はしばらく呆然としてしまったのだが、といっても最後までちゃんと読んでいるのだから、そんじょそこらのアウトドアライターとはレベルが違う。次回作に期待するしかない。頼むよ角幡さん。

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