No.80
やぶの真瀬岳は、これが最初で最後かも
[真瀬岳(988m・八森――2014年9月15日)]
 旧八森町にある真瀬岳は登ったことがない。登った人の話だと、1度登れば2度と行きたくない山と口をそろえる。みながみな異口同音に「嫌な山」という、秋田で一番嫌われている珍しい山。なぜそんなに嫌がるのか逆に興味引かれるが、登ってみたら理由がよく分かった。やっぱり「嫌な山」だ。
 モモヒキーズの山行はふだん6〜8名が参加する。が今回の山行は筆者を含め3名のみ。リーダー・Sシェフは筆者を連れていくための参加なので、もう1名の女性は好奇心から2度目の挑戦。誘っても誰も乗ってこないのだ。
 登山口に至る4キロの中ノ又林道入り口に到着。これから先の林道は閉鎖中だった。ある程度予想はしていたのだが、雨で林道が崩壊したため車は通行止め、ということらしい。ここに車を置き、登山道まで4キロのウオーキング。4キロといえば1時間散歩コースだ。
 ようやく登山口について、すぐに川を渡る。渡渉用のガッコ袋(足にまく)を持っていったのだが干上がって水量ゼロ。これはラッキー。面倒な仕度がひとつ省けた。
 ここから1時間半ほど荒れ放題のスギ林の道をひたすら登る。ときどき道が消え、道なき斜面を這い登る。思っていたより傾斜はきつい。しかし、これはまだほんの序の口だった。中間地点のランドマーク「露石」を過ぎたあたりから一挙にやぶの背は高くなった。登山道はほとんど見えない。Sシェフは10m間隔で目印の赤テープを巻いては上へ。事前に登山道をチェックし、何度もシミュレーションして計画書やルート地図をメンバーのために作ってくれる用意周到なSシェフにしてこの「必死さ」。その姿に逆に恐怖がわいてくる。
 やぶをかき分けているうちゴホゴホと咳が出てくる。人がほとんど入らない山なので、やぶがホコリだらけなのだ。さらに眼下に道が見えないのがつらい。下ばかり見ているバシバシとやぶが顔面を襲ってくる。渡渉用のガッコ袋と一緒に草刈り用ゴーグルを持ってきたのは正解だった。これがなかったら眼鏡はふっとび、レンズは傷だらけになっていた。
 しばらくやぶと格闘しているうちSシェフが突然立ち止まった。マムシがいたのだ。ドグロを巻いて、石や枝を投げつけても逃げない。登山道の横、知らずにふんづけたら大変なことになっていた。Sシェフの観察力に感謝。不用意に山登りをする危険性に鳥肌が立ってしまった。これはちょっとトラウマになるかも。
 それにしてもこの1カ月3回の山行でクマ、オコジョ、マムシと連続遭遇。10年近い登山歴でこれまで一度も出合ったことのない動物たちと1カ月でみんな出合ってしまったわけである。
 それにしても頂上は遠かった。登山口から山頂まで約3時間半、これだけだと普通の山とそう歩行時間は変わらないのだが、その前に林道4キロを1時間歩いている。この1時間がけっこう効いている。加えて景色はほとんど見えず、風も日光とも無縁、ひたすらやぶの山を登るストレスが半端でない。

マムシです。わかるかなあ。

山頂もやぶの中
 ようやく山頂へ。その山頂の標注もやぶに埋まって外からは見えない。もうお昼を回っていたがランチをとるスペースもない。四方がやぶの中。
 急いで下山。山頂に1分ももいない山というのも珍しい。下山は、3本も使いきった目印赤テープが役に立った。目印テープを確認しながら慎重に下山するが、それでもテープを見失ってしまう。こんな凄まじい山は初めてだ。
 周辺自治体は下刈や登山道整備をする財政的余裕がないから荒れ放題なのだろうが、なんだかもったいない。ある程度下刈して整備すれば、この山なら2時間半で登れる中級者コースとして面白い。
 下山は2時間50分ほど。いやはや、もう2度と来たくない、というのが正直な感想だ。山に登って深呼吸するたびに咳が出そうになる山というのは初めての経験だ。
 こんな荒れ放題のやぶ山になぜ、わざわざ出かけたのか。それには訳がある。モモヒキーズでは山と渓谷社のガイド本『秋田県の山』に収録されている57座にすべて登ったメンバーを表彰するしきたりがある。これまで何人かのメンバーが全山踏破で表彰されているのだが、実は筆者もこの真瀬岳を残してリーチをかけていたのだ。最後の最後に「一番厄介な山(誰も一緒に行きたがらないという意味)」が残ってしまった、というわけである。
 Sシェフの好意と段取りで無事57座を踏破できたわけだが、もう2度とこの山に来ることはないのかもしれない。そういう意味では記憶に残る山だったとは言える。
 温泉は八峰町にある「白神温泉ホテル」。露天風呂もサウナもないが、浴場は広く洗い場もゆったり。ぬめりのある無色透明の湯で、大きな浴場が実に気持ちいい。ここは初体験の湯だ。

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