No.267
春の「をしこほね山」は気持ちいい
[東鳥海山・湯沢市須川・777m・2022年5月8日]
 ゆるやかな登りが山頂まで続いて2時間弱でピークに立つことができる。途中には南西の方向に真っ白な鳥海山が威容を誇っているのだが、山頂からは鳥海山は見えない、というのが面白い。名前の由来になった山が山頂から見えないのだが、山頂から少し下ると、木々に遮られながらも真っ白い頂が申し訳程度に顔を出す。昔の人は周りの山の中でこの時期になっても真っ白な「威容」を誇る遠い鳥海山に畏敬と畏怖の念を抱いていたのは想像に難くない。
 登り出しから、車中で飲んだグレープフルーツジュースがきいたのか、やたらと便意をもよおした。登山口につくと駐車場はもう満杯。湯沢山岳会の男女が20人ほど車10台近くで先着していた。まあにぎやかだ。そこからちょっと上の隙間になんとか車を停め、そばのヤブでキジ打ちも済ませ、さあ出発。この山は平坦な登山道がない。ひたすら九十九折のゆるやかな斜面を登り続けるだけだ。カタクリの花に混じって小さなタチツボスミレが顔を出し、エンレイソウもどぎつい色の花を咲かせている。前日の雨でぬかるみもあるが、雪はすっかり消えていた。山頂直下の神社に菅江真澄の句標が建っている。「谷川の流れも氷り水鳥のをしこほね山神さひにけり」とある。1年前に登った折、この句標をみて真澄全集で確認したら、「木々はみな冬枯はてて水鳥のをしこほね山神さひにけり」とあった。こっちのほうが句標よりずっと優れているような気がするのだが、なぜ違う句を選んで、標柱をたてたのか。雪のある山頂でランチをとっていた湯沢山岳会の人たちに訊いてみると、知らない、とそっけない。似たような句が複数あって、たまたまこの地区の人たちは「谷川の」の方の句を選んだ、ということなのだろうか。

南西に本物の鳥海山が

山頂は雪で団体先客が占拠
 下山も山菜採りに夢中のSシェフとA長老を置いて一人でさっさと降りてきた。駐車した登山口で山菜採りの老夫婦と会った。この老夫婦はこのへんの山の所有者で、自分の山で山菜採りの最中だった。「今はやりのコシアブラは取らない」そうだし、「杉山を持っているがある程度の量がないと伐採業者は切ってくれない」とこぼしていた。30分近く立ち話をし、話し相手になったお礼にと、どっさりと山菜をいただいた。気持ちのいい老夫婦だった。

 温泉は湯沢市内にある「ゆざわ温泉」。サンパルスみたけという多目的ホールや宿泊施設のある旅館だが、民間経営の旅館なので、ここの温泉にはなんとなく親しみやすい雰囲気がある。いい意味で不可視の旅館の風情があるし、温泉もさびれた、わびしい、隠れ家風の情緒がある。浴場は貸し切りで、そう熱くも無く、なんだかずっとそのまま入っていたくなる「普通の居心地の良さ」のある温泉だ。普通は偉大なのだ。


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