No.166
クマの残影におびえながら
[八塩山(713m 由利本荘市――2017年5月28日)]
 今年に入ってもう4回目の八塩山だ。好きだねえ、と大向うから声がかかりそうだ。2週間前にもSシェフと2人で登ったばかりだが、あの日は体調が悪く、楽しさはいまいちだった。
 今日は朝から雨。登山口に向かうまで車中はどしゃ降りの雨。とても登山をする空気ではない。でも行くところまで行ってから決めようと登山口までたどり着く。そこで鳩首会議。賛否半々だったが、ここまで来たら行こうよ、という声で登り始める。雨がひどくなったら引き返せばいい。
 行きは4.5キロあり約2時間半、下山はアップダウンがあり、この時期は山菜採り(ゼンマイ・ミズなど)で時間を余分に見なければならないので約2時間。
 しかし、天気予報はあてにならない。雨はまったく降らず、途中からは青空まで出てくる始末。山はいつだって気まぐれなのだ。

途中にある赤石観音

これがクマの糞
 矢島口から登るこの八塩山コースはほとんど人が入らない。よって必ずと言っていいほど動物と出あう機会が多い。これまでもカモシカの赤ちゃんやピカピカに光る毛並みを持った若いタヌキや、老婆のカモシカにまで会っている。だから今日はもしかするとクマと出会う可能性もある。そんな嫌な予感も実は正直なところあった。
 その恐れは当たらずとも遠からず。登山道に昨日あたりしたとおもわれるでっかいクマの糞。真っ黒なやつで、タケノコや繊維質のものを食べている痕が、くっきりと糞に見て取れた。すぐ横の木の標柱もガリガリとかじりとられていた。2週間前にはなかった噛み跡だ。「いい気になるなよ、ここは俺の縄張りだ」とクマが自己主張している。やはりクマはいたのだ。姿こそ見なかったが、もうひとりでこの山には入れない。
 温泉は前郷にあるゆりの里交流センターの「ゆりえもん」。これだけ県内くまなく温泉にはいっているのに、ここは初めてだ。天然の温泉ではなく北海道のラジウム鉱石をタンクに詰め、その湯の華と共に沸かしている湯なのだそうだ。客は少ないし、浴槽は清潔で広い。なかなかいいのだが、上がってから鼻に塩素水がきつく残った。かなりの塩素を使っているようだ。これはもうダメだな。このお湯のある住所は「前郷御伊勢下」となっている。秋田の「伊勢」に関する本をつくっているので、打ち合わせの時著者に、この地名の由来について訊くと、「村で神明社の設置された場所を〈伊勢〉と名付けている」のだそうだ。全国のいたるところにある慣習だった。

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