No.108
4リットルの水を飲み、蚊を5匹食った山
[神室山(1365m・山形県新庄市――2015年6月21日)]
 1年を通じて最難関といっていい神室山。楽しみよりも不安が多い。不安には理由がある。去年の今頃に同じ神室山登山があった。西ノ又コースから神室山山頂に至り、前神室を経てパノラマコースを下山してくる予定だった。それが登り8合目手前の急坂で私の体に異変が起きた。急に両足にしびれるような痙攣が起き、その時点で山頂を断念し下山した。そんな苦いトラウマがあるのだ。自分の個人的なアクシデントで山行を途中でやめさせてしまった、苦い思いの山なのだ。
 その後、なぜ、突然に不調が起きたのか、考え続けてきた。思いつくのは、この山行の3日前、「田代岳」に登ったこと。この疲労が残っていたのだ。もうひとつ、登り始めの第2渡渉ポイントの橋が残雪のため渡れなかった。そのため崖をよじ登って川をこえたのだが、このとき思わぬエネルギーと負荷を足にかけてしまった。これらが徐々にボディーブローのように効いて……というのが原因としか考えられない。その苦い体験を何度も反芻し、シミュレーションを繰り返し、その2点が敗因であることを確信した。
 そのため1週間前の山行(またしても田代岳)は、筋肉疲労を防ぐためキャンセルした。神室山に賭けるためだ。
 今日のメンバーは4人。リーダーのSさんを先頭に女性が2名続き、シンガリが小生。これは自分が望んだことだ。このタフな山に登るには、前の人のペースに従えば、自分のペースを崩してしまう。最後尾だと遅くなってもだれにも迷惑はかけない。自分のペースを崩さず登れる。余計な体力を使わず、ゆっくり小幅な歩行を心がけ、マイペースを維持するにはこの人数とポジションは意味があった。
 天気は晴れ、天気予報は午後から崩れることになっている。天候によっては山頂までたどり着けるか微妙なところだが、今日を逃すと来年まで来られない。天気にはもってもらいたい。
 シンガリは思ったよりも楽だった。自分のペースに没頭し、遅れても距離ができれば、リーダーはまってくれる。
 最初の難関は第2渡渉ポイント。橋はちゃんとかかっていた。去年の苦い思い出がよみがえるが、まずは助かった。
 深く巨大な森の中を黙々と歩いた。思ったよりも早く、去年自分が「倒れた」7合目付近に到着した。こんな早くダメになったのか、としばし呆然。今日はほとんど疲労感も不安も感じない。
 8合目付近にある御田の神に到着した。私のアクシデントのため、去年はここでランチをとり下山を余儀なくされた。
 その御田の神を右目にみて、今日は休むこともなく通り過ぎる。快調だ。
 でもここからが正念場。西ノ又分岐から神室山頂まで目当てのキヌガサソウやニッコウキスゲがいやになるほど咲き誇る。そうか、去年はこれらをみることなく、みんなは私のために下山したのか、と思うと胸が張り裂けそうになる。

問題の第2渡渉橋

山頂にて
 無事、4時間半ほどで予定通り山頂に到着した。私はこれで2度目の登頂である。天気も崩れなかった。少し蒸し暑かったが、幸い筋肉には何の異変も起きなかった。虫も多い。呼吸が荒くなっているせいもあるのだろうが、容赦なく口の中に飛び込んでくる蚊を5匹は食べただろうか。水は4リットル携帯、帰りの分を計算してもまだ十分だ。アミノバイタル(粉末)を3本も飲んだが、これも不安を解消するいい薬になった。
 下山は西ノ又分岐から前神室に登り3つの小さなピークを越えるパノラマコース。この下りがきついのも神室山の特徴だ。登りも下りも同じくきつい山というのは珍しい。
 下山をはじめた直後から、上空からかすかな雷の不快音と、ポツポツと雨粒が降りだした。予想はしていたことだが、雷だけは防ぎようがない。
 下山はずっと稜線沿いを歩く。心は早く森林限界を超え、ブナ林まで下りたいのだが、いやになるほど1000m台の稜線が続く。雷の音はしだいに大きくなる。心急くのだが、いくら急いでも高度は下がってくれない。
 けっきょく、ほぼ4時間かかって下山。登山口付近で雨は本降りになった。カッパを着ることなく下山できたのは大成功といっていいだろう。
 1年を通じてもっとタフな山行は、身体のどこにも異状なく、快調に幕を閉じた。来年もぜひ登りたい山だが、それには今から摂生が必要だ。
 温泉は「秋の宮温泉」。広くて清潔で上品な秋田県内では1級の温泉だ。ごちゃごちゃと込んでいないのも好感が持てる。
 今日は朝4時起きだった。それでも家に帰ったのは夜7時を過ぎていた。疲れた達成感も半端ない1日だった。

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