12.  真澄が迷った道
 夜半、雨が降った。ここで一首歌っている。
 「見るほども なお空たかく ときのまに 雲たちかくす 夜半の月かげ」 
 翌日は晴れ上がった。旭又口の旧道カラ滝ルートを下った。
 「山の中に木隠れの池があり、それをみたらしの池というとのことである。わけ下ると姫鳶尾(ヒメシャガ)という草の多いところがあった。ここではそれを姫あやめと言い、この坂をあやめ坂と呼んでいる」。
 そこから現在の旭又周辺に出た。ここからがよくわからない。旭川の左岸を丸太の橋やはしごを使って、いくつも沢をわたった。「炭役所」といって炭を持ち運ぶための野小屋を通り過ぎた。方角を誤って道を失い、さまよっているうちに日も暮れかかってきた。道に迷っても歌心は忘れない。
 「行きなやむ 旅のこころをなぐさめて 雨ふる小野に すずむしの鳴く」
 彼ら歌人にとっては生きているいまこの瞬間こそ、過去であり現在であり未来であった。
 歌心こそ生きている証しだったのであろう。
 あちこちの草むらの中から鈴虫の声が繁かった。たいまつをともして先に立ってくれる人の、そのほんのりとした明かりが「命」だった。
 「草はらの露さえ見えて ともし火の 影をしるべに たどる細道」 
 そのたいまつが、持っている人の手加減で消えてしまった。星さえ見えない空の下、なおさまよっているうち、蛍の光がみえてきた。蛍の光にに励まされて、先に立つ人が真っ暗な闇の中を黙々と進んでいった。長かったという。ようやく太平の集落につながる道に出た。
 この旭又からの旧道カラ滝コースについては、戦後もある人々が何度もその跡の探索を続けたのだが結局、藪化して道は見つからなかったという。
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