秋田の冬の風物
※図版は省略しています
◇高値の初ハタハタ
 十月の末になると、はたはた(注1)という魚が獲れ始める。これは、佐竹様にお付きの魚だということで、佐竹様が水戸におられた時も獲れたそうだ。今でも水戸で、まれに二、三匹獲れるという。こちらでは土崎、男鹿、能代で獲れる。津軽でも少々獲れるとか。
 この魚が獲れる時節は、はたはた雷と言って、雷が鳴る。沖の方で雷が鳴ると魚はこれを恐れて岸に寄って来るのだそうだ。男鹿の辺りでたくさん獲れるが、土崎の雄物川河口で獲れるのを珍重する。形は絵のようなもの(スケッチ1)で、鱗がない。ぴかぴかと光って見事な魚だ。大きいものは六、七寸もあるが、たいていは五、六寸の大きさだ。頭にはちょっとしたトゲがあり、お屋形様が在国の時は後ろの方を向いていて、江戸においでの時は前の方を向いている(注2)。
 初ハタハタと言って、初めて獲れたのを賞味した。
 十月二十日、肴町の湯屋へ行っていたところへ、初ハタハタが来たというので大騒ぎになり、裸のまま駆け出した。一匹ずつ選り分けた上物は八百文銭(藩札)で一匹六十四文だという。それに十匹七百文の値を付け、なんとか買って持ち帰ったが、そのすぐあとに行ってみると五百文になっていた。七つ(午後4時)頃には三百文になり、日の暮れる頃には百文に値下がりした。明日の朝には百文で二十匹になるという。
 盛りになると、肴町のどこの問屋でも店先に山のように積んでおく。ほんとうにおびただしい数だ。
 味わいはいたって美味で、風味の軽い魚である。しかしながら体を冷やす魚で、たくさん食べると痰が出て来る。
 オスには白子、メスにはブリコといって数の子より少し大粒で、ヌラヌラする卵がある。これを賞味したが、白子の方が味わいは良かった。
 鰰は、湯あげと言って、よくゆでて、尾をちぎり、頭を押さえて箸で身をはさむと簡単に骨が抜ける。ひれを取ればほかには小骨もなく、大根おろしと醤油をかけて食べる。または白焼きにする。
 少しばかり食べるのでは我慢できず、好きな人は五、六十匹ずつ食べる。私でさえ十五、六匹から二十匹くらいは食べられた。
 また、潮汁の吸い物にして、酒の肴にする。
○首とっていざ高名を先陣よ初はたはたの声の下より
○川柳 冷えるはず名も魚へんに神無月
 
 この魚を寿司にしたり、糠塩などに漬けたりして保存しておき、正月から三、四月ごろまで食べるのである。
 ブリコを四角にのして「おしきブリコ」(注3)と名付け、また玉にして数珠のようにワラでつないで「玉ブリコ」にして干しておき、年の暮れから正月にかけて、なますに入れたり、酢の物にしたり、貝焼かやき(注4)にしたりする。ほれぼれする良い風味なのだが、私は歯が弱くて食べられなかった。
 白魚(注5)も非常にたくさん獲れる。こまかいのが多いが、江戸のシラス干しのように大きくなって、一寸くらいになるのもある。大人の茶碗どんぶり一杯で二百文くらいするが、安い時は百文くらいにもなる。
 また、春になると、しろ魚(注6)というのも獲れる。これは、形はメダカのようで、色はねずみ色で、豆腐などと一緒に煎ると真っ白になる。それでしろ魚という。
 鯛、ひらめ、甘鯛、カレイ、そい(注7)、アイナメと魚はたくさんあり、海でも潟でも獲れるので魚は安い。
 アナゴ(注8)は江戸のアナゴと違い、ぬらぬらして、皮をむかないと食べられない。海ドジョウというものだという。
 ヤツメウナギ(注9)は秋から冬、春にかけてたくさん獲れる。
 ウナギは仙台、または南部から持ってくるので、とても高い。
 貝類は少なく、アワビ、シジミ、ハマグリなどがあるが、アワビは小さく、ハマグリは貝殻が厚くて味気ない。
 鳥もたくさんいて、かりかも、白鳥、キジ、山鳥などが食べられる。私は鶏を賞味した。五丁目(注10)より先の大館、扇田、十二所の辺りにいる比内鶏は名物だ。身が柔らかく、脂ものって風味が良いので、春夏秋冬いつでも取り寄せている。
 昆布の類も多く、ひら昆布、海苔昆布、白髪昆布(注11)などいろいろある。料理の出汁には鰹節より昆布を多く使う。
 猪や鹿は少なく、猪は全然いない。鹿は男鹿の山で獲れる(注12)が、お上の仰せつけで、一年に何匹と決められていて、それより多くは獲ることができない。
 土崎湊の河口にはハゼが多く、これを「グヅ」と言ってたくさん獲れる。
 イカもたくさん獲れるが、真イカではなくスルメイカ(注13)で、身が薄く味わいが良い。
 タコ(蛸)は水ダコ(注14)で、大きいものでは四、五尺もある。
 カレイ(鰈)にはいろいろあって、浅羽、鷹の羽、口細ガレイ(注15)などの名前がある。
 背黒(注16)という魚もたくさん出回っているが、骨が多くてあまりほめられない。

◇雪の中の暮らし
 雪が積もると、馬も駕籠も往来できなくなり、雪車そりというので氷の上を引き歩く。人を乗せるのを箱雪車といい、荷物を積むのを荷雪車という。
 (スケッチ2=そりやかんじきの絵)
 雪の多い年は、一丈(約3b)くらいも積もる。また、屋根に雪が積もると、家の中の障子や唐紙の開け閉めが固くなるので、屋根の雪をおろすのだが、それが家の間に溜まって家よりも高くなってしまう。
道路の雪は降り固まって鏡のようにピカピカと光り、その上を雪車をひいて歩くが、足が滑ってちっとも歩けない。地元の人は、下駄で滑りながら歩くが、旅人はなかなか歩けないものだ。
 下駄は、底に釘を打って滑らないようにして履いている。雪ぐつと言って、わらで作ったものもある。
 正月に内町の御大身の方々(注17)が登城する際にも、馬や駕籠では登城できないので、箱雪車を立派にこしらえ、木綿をった綱をつけ、雪よけのために油単(注18)を上にかけて屋根とし、これを六尺(注19)に曳かせて登城する。
 大雪になると、道路に深く雪が積もってどこが道なのかわからなくなる。それで、道踏みいう人を頼んで、道を踏み固めてもらう。この道踏みはその往来に慣れた者で、かんじき(注20)というのを履き、かいしき(注21)という物で雪をかき分け、踏みならして道しるべとする。
 (鰰、雪車、かんじきというのは、字引にもない文字で、秋田の国でだけ通用する文字と思われる)
 かんじきにもいろいろある。わらを俵のようにして中に鼻緒を付けて履くのがあって、これは雪が深い時に使う。また、細い竹を輪にして、中に板を結わえ付ける物も同様に深い雪を歩くためだ。金属で作り、三本の爪(注22)をつけた物は、氷の上でも滑らない。
 つまがけといって、つま先まですべてわらでこしらえた靴を履くと、足が冷えない。南部盛岡の八幡町にいる音羽屋吉という芝居の道具師は、このつまがけを履かずに七時(爾)という所を通り、雪の中を津軽から盛岡へ行く時に、足の指が全部凍えて落ち、一本もなくなってしまった。
道中、大吹雪に遭遇した際、雪合羽に尾花帽子(注23)をかぶり、がまはばき(注24)に、わらの靴を履き、握り飯と唐辛子を持って、雪の中に埋まっても体を動かさずにじっとしていれば、死ぬ気づかいはない。雪の上に煙が上がれば、雪掘りという者がこれを見つけて掘り出し、人家へ連れて行ってワラを焼いた火でそろそろと温め、元のようになるという。
道がわからなくなったからと、うろたえ回るから、谷に落ちて川にはまり、命を失うのである。
また、春先は、雪崩と言って山の峰から雪が崩れ落ちるのに巻き込まれ、命を失う人もいるという。恐ろしいものだ。
十二月に、土崎湊へ行く際に、寺内の下り坂を下りるというので
○白氷をふんでかぢとる下り坂雪の車のいともあやうし

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注1 鰰=秋田の海の幸を代表するハタハタ科の魚。寒流域に生息し、日本海側では山陰地方まで、太平洋側では宮城県まで広く分布しているが、秋田では神無月(旧暦10月、新暦の11月)の末になると、寒冷前線の通過に伴う雷鳴とともに、産卵のために沿岸に押し寄せる。
 ハタハタを表す漢字は、鰰、雷魚、神成魚、神鳴魚、波太多雷魚といろいろあるが、いずれもカミナリに由来している。そして、カミナリを表す古語に霹靂神(ハタタガミ)があって、「ハタタガミウオ」から「ハタハタ」という名前ができたとされている。また鰰は、全国の神様が出雲へ行っている神無月に登場することから作られた字だ。

注2 後ろの方、前の方=ハタハタのエラぶたにある小さなトゲを、殿様が在国中は内側に隠しているが、殿様が江戸へ行って不在の時は外に逆立てて、外敵に対して城を守る姿勢を示すという伝承がある。まるで忠臣のような話で、佐竹氏が秋田へ移封された時に一緒に常陸から来たなど、佐竹氏と関係したさまざまな伝説がある。どれも荒唐無稽だが、藩の庇護を受けた男鹿半島の漁民が造り出した伝説と言われていて、ハタハタには「佐竹魚」という別名まである。

注3 おしきブリコ=ハタハタの卵をブリコという。ホンダワラなどの海藻に産み付けられた卵は、固く結着して引き離せなくなるが、男鹿半島では、メスの腹子を四角い木枠に絞り出して押しつけ、型ができると日に干して保存食を作った。これを「押しブリコ」とか「押器ブリコ」と言った。また、卵塊にひもを通して数珠つなぎにしたものが「玉ブリコ」で、これも乾燥させて保存食とした。
 なお、民謡「秋田音頭」で「八森ハタハタ、男鹿で男鹿ブリコ」と歌われるが、八森(日本海沿岸北部の八峰町八森)ではブリコを腹に入れたまま出荷するので市場の評価が高く、「男鹿ブリコ」ではなく、名物「押しブリコ」が本来の歌詞で、いつの間にか「男鹿ブリコ」に変わったのだという。

注4 貝焼き=ホタテガイの貝殻を鍋代わりにする、1人用の鍋料理。このスタイルなら、何を煮て食べてもいいが、秋田名物として知られているのは、魚醤である「しょっつる」でハタハタやブリコを味付けする「しょっつる貝焼き」だろう。

注5 白魚=「シラウオ」と読む。シラウオ科の魚で、シレヨ、シラオ、シロヨなどとも呼ばれる。八郎潟残存湖、雄物川や子吉川河口の汽水域に生息し、8a前後に成長した秋に網でとらえる。刺身や吸い物にする。

注6 しろ魚=ハゼ科の魚。シラヤとも呼ばれる。沿岸域の海に生息していて、5a前後に成長した4月から5月にかけて、産卵のために少し川をさかのぼったところを、四手網などで漁獲する。生が美味。シラウオと混同されがちだが、まったく別種の魚。

注7 そい=磯魚で、男鹿半島で「そい」と呼ばれるのはキツネメバル、秋田県南部の海岸で「そい」と呼ばれるのはクロソイ(男鹿ではこれをクロカラという)のこと。どちらもカサゴ科の魚。

注8 アナゴ=「江戸のアナゴと違う」と書いているので、ヤツメウナギの仲間のクロメクラウナギのこと。目が退化していて、多量の粘液を出す。串刺しにして焼いて食べるが、あまりポピュラーではない。ちなみに「江戸のアナゴ」というのはマアナゴ。

注9 ヤツメウナギ=魚類ではなく、もっと原始的な円口類。ウナギに似た体系で、体のわきに7つのエラ穴があり、本当の目も数えて「八つ目」と言われる。川だけに生息するスナヤツメと、産卵期に海から川へ遡上するカワヤツメの2種類がある。貝焼きにすることが多い。

注10 五丁目より先の=意味不明。「五城目」の書き間違いかもしれないが、それにしても、比内鶏の産地である北秋田地方まではかなりの距離があるので、適切な紹介とは思えない。

注11 ひら昆布、海苔昆布、白髪昆布=いずれも昆布の加工品。秋田へは北前船で大量に入荷し、秋田市の土崎では、今も「おぼろ昆布」などに加工する昆布店がある。

注12 鹿は男鹿の山で獲れる=秋田藩2代藩主、佐竹義隆の時代に、武具の皮革を調達するため、男鹿半島に数頭の鹿(ニホンジカ)を放したのが、自然に繁殖して畑の作物を食い荒らすようになり、農民の訴えに応じて冬に鹿狩りをするようになった。江戸時代はかなりの数が記録されているが、現在は「皆無」と言えるほどに目撃されていない。

注13 真イカではなくスルメイカ=スルメイカは最も漁獲量の多いイカの種類。単に「イカ」と言えばスルメイカを指すのが普通。「真イカ」という名称は、スルメイカのことを言う地方もあるし、ちょっとずんぐりしたコウイカ(別名スミイカ)を言う地方もある。語佛師匠の言う「真イカ」はコウイカのことかもしれないが、食材にするイカは種類が多く、地方名も非常に多いので断言できない。

注14 水ダコ=足を広げると3bにもなる、最大種の蛸(タコ)。寒い海にいて、秋田では冬から春にかけて底引き網で捕獲する。

注15 浅羽、鷹の羽、口細ガレイ=鰈(カレイ)は非常に種類が多く、日本沿岸には40種類ほどいる。アサバガレイは標準名だが、地方名も多く、「鷹の羽たかのは」は標準名ではマツカワといい、鰈の中でもトップクラスの美味とされる。口細くちぼそはマガレイ(真鰈)のこと。山形県でも口細と呼ばれる。

注16 背黒=背中が青黒いので「背黒イワシ」とも呼ばれるが、標準名はカタクチイワシ。15aくらいまで育つが、稚魚を小さい順にちりめんじゃこ、たたみいわし、正月のゴマメ、さらに煮干しの材料にする。新鮮な成魚は内臓と骨を取り除いて刺身で食べるのもおいしいし、洋風のオイルサーディンにしてもいい。語佛師匠が「骨が多くて」と言っているのは、丸干しを食べたのかもしれない。

注17 御大身の方々=家老や奉行など身分の高い武士。

注18 油単=布や紙に油をひいたもので、長持ちの覆いや、灯明台の敷物にして汚れや水気を防ぐ。

注19 六尺=乗り物の担ぎ手。江戸幕府の職名にもあり、御用部屋や台所の雑役にも従事した。「陸尺」とも書く。

注20 かんじき=積もった雪に足が潜り込まないよう、靴の下に履いて足裏の面積を広くする道具。木の枝を曲げて半円を2つ作り、フジのツルなどでしっかり巻いてつなぎ合わせ、ちょっと細長の円形にするので、「輪かんじき」とも言う。つなぎ合わせたところに板をはさんで滑り止めにする。
「かんじき」は、漢字では「?」や「橇」と書くが、語佛師匠は「橇」の木偏を金偏にした、非常に特殊な字を書いていて、パソコンの漢字辞書にも登録がなく、ひらがなで表記した。

注21 かいしき=ヘラを大きくした雪かき用の木製スコップ。「かえじき」とも言う。「掻き鋤かきすき」に由来するらしい。雪山で熊やウサギなどの狩猟を業とするマタギは、長さ1bほどの柄を付けたコナガエ(小長柄)という雪ベラを持ち、何人かで雪山に入ると、先頭を交代しながら除雪して前進する。これを突き立てて鉄砲の支えにし、照準を合わせるのにも使う。柄の短いのをサッテと言う。

注22 三本の爪=Tの字形の鉄製のかんじきで、「金かんじき」と呼ばれる。2本爪と3本爪があり、凍った地面で滑らないように履く。マタギには、現代登山のアイゼンのように4つ爪の金かんじきもある。

注23 尾花帽子=尾花はススキの穂。これを束ねて作った雪除けの帽子。あまり一般的ではない。

注24 がまはばき=「はばき」は、漢字では「脛巾」とか「脛衣」と書き、すね当てのこと。稲わらで作った物もあるが、がまの茎で作ったのが「がまはばき」。すねに巻きつけ、膝から下の防護に用いた。
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