No6
まとまりのつかない困惑のまま、今年も終わった
 選挙が終わった。これで本当に何かが変わるのだろうか。顔ぶれが変わっただけで何もかもが劇的に変化する、などという幻想は持たないが、それにしても 民主党の失政は無残だ。反動で大きな右ブレを招いてしまったのは、後世に語り継がれる「禍根」だろう。党首選挙などを見ても、あまり責任を感じていなさそうな、そのノーテンキさに胃から苦い汁がこみあげてくる。スタイルもいいし、いい女なので付き合いだしたら、実は知性の欠片もない、グータラでゴーマンな性悪女だった、というところか。いやそんな個性的な存在ではないか。ファッションと芸能界にしか興味のないパープリン・ギャルに近いのかも。
 地方の小さな版元の取次である地方小出版流通センターから送られてくる通信におもしろい記事が載っていた。日本経済新聞(2012年12月8日号)の記事だ。
 これによれば2010年度に全国の公共図書館が貸し出した本は国民一人当たり5.4冊、これは過去最高記録だそうだ。貸し出し冊数合計は6億6千万冊。2011年度、2012年度は更に増えていて、これは高齢化が進み余暇を図書館で過ごす人が増えたことが要因だという。「団塊の世代の大量退職が始まり、空いた時間に(借りたか買ったかして)本を読んで過ごす人が増えた」と文部科学省調査企画課は指摘している。今後はも借りて読む人は更に増えて、買う人は更に減少していく趨勢に歯止めはかからないだろう。ちなみに2010年の書籍販売部数は7億233万部。その9割ほどの冊数が借りられている計算になる。
 私の山仲間の間でも、「この間の新刊、図書館で借りて読みました」という言葉をよく耳にするようになった。団塊の世代は、どうやら図書館に引きこもって、消費活動にも興味を失ってしまったようだ。でもこのデータには説得力がある。ここ数年、本が売れなくなっている大きな要因として、この団塊の世代の図書館引きこもり現象がある、というのは間違いない現実だ。 
 次に、ここ数カ月、無明舎のHPに毎日書いている「今日の出来事」から、本や仕事に関するものを抜き出してみよう。この項に何とかまとまった「論」を書きたいのだが、いつもちりじりに思いは拡散し一つにまとまってくれない。この日記の採録でその辺の隔靴掻痒感を伝えれればいいのだが。
10月×日 企画を考えるのが年々億劫になった。面白いアイデアは枯渇、時代にはついていけない、未来はこれっぽっちも予測できない。まあ、いいことはひとつもないのだが、プロの物書きの世界は何でもアリだ。小説家の清水義範は夫婦で行った外国旅行(パックツアー)で軽々と1冊の本を書く(その何十倍も時間をかけて資料学習をするのだろうが)。最近ではノンフィクション作家・星野博美が、なんと自動車免許取得の日々を一冊の本にしてしまった(「島へ免許をとりに行く」)。小説ならともかくノンフィクションだ、どちらも大胆不敵としかいいようがない。

11月×日 いい企画が思い浮かばないまま夏から秋が過ぎようとしている。正直少し焦っている。今日の新聞広告に渡辺一史著『北の無人駅から』(北海道新聞社)が出ていた。そうか、こんな本を出したかったんだオレ、と突然気がついた。北海道の6つの無人駅を入り口に、その村の抱えている問題を浮き彫りにしたノンフィクションだ。あの名作『こんな夜更けにバナナかよ』の作者だ。
11月×日 寝る前に渡辺一史『北の無人駅から』を1篇だけ読む。800ページ、原稿用紙1600枚の大作で、6つの北海道の無人駅の物語。いきなり両足のない漁師が登場し、タンチョウの話では狼と暮らす夫婦がさりげなく語り出す。こうした濃すぎる登場人物も渡辺の冷静で品格ある文章で、ちょうどいい味わいを醸し出している。北海道のどこにでもある無人駅を取材しただけの本が、地元新聞社から発売され一年間で4刷。800ページ2500円の本だ。もうサントリー学芸賞や早稲田ジャーナリズム賞を受賞している。たぶんこれからも長く広く読み継がれていくだろう。まだまだ本も捨てたもんじゃない、という気分にさせてくれる。
12月×日 東京出張。このところ毎月のように上京しているのは「本」をとりまく状況が不安定で、そのへんの核心を自分の目で確かめたいため。出版や活字を取り巻く世界は確実に大きな地殻変動のただ中にいる。が、なかなかその変化は目に見えない。よく行く東京堂という書店は一部が喫茶店になっていたし、三省堂書店では凸版印刷グループの電子書籍端末「リディオ」の店頭立ち売りが威勢のいい声をあげていた。リアル書店で電子書籍端末が売られる時代になったのだ。
ふと思った。楽天のコボは持っているが、こうなったら思い切ってキンドルもリディオもリーダーもみんな買ってみようか。たぶん総計3万円ちょっとの投資で、もう本を買わなくても済む「劇的な未来」をえられるかもしれない。ってなことはないか。
12月×日 出版界の大問題だったグーグルによる「図書館プロジェクト」。館内の全蔵書をスキャンして電子化し全文検索できるようにするという革命的な事業だ。これが現実化すれば図書館はもとより出版社も書店も取次も、ほぼ不要になる。とくに印税で食べている作家業は、成り立たなくなるのは確実だ。そのため日本ペンクラブはグーグルに異議申し立てをしていたのだが、「著者や出版社から要請があった書籍は除外」というところで、両者は和解したようだ。ちなみにアメリカの作家団体はまだ反対の立場を崩していない。日頃グーグルには一方ならぬお世話になっているが(検索で)、このプロジェクトはあまりに「革命的」過ぎる。正直なところ私ごときには、善し悪しの判断がつかない。

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●No.1 何かが終わったのだが何が始まっているのか、わからない
●No.2 書店が消えても、誰も困らない?
●No.3 3.11以後の出版について
●No.4 時代の風と、データでみる「消えた書店」
●No.5 端末「真打」登場、さて何がはじまるのか?

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